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2005年4月の14件の記事

2005.04.30

関東の駅百選 新スタンプラリー開催中

ゴールデンウィークに突入していますが、毎年恒例のこの企画もすでに始まっています。

平成9年から12年まで、関東地方で「あなたの自慢の駅を教えてください」というキャッチフレーズで4期に渡って選定した「関東の駅百選」、100駅揃い各駅を巡るスタンプラリーが2001年で終了後、2002年より「新スタンプラリー」ということで再び実施されていて、今年で4回目となります。また、今年でこのスタンプラリーは終了となる予定です。

さて、「関東の駅百選」新スタンプラリーは、百選選定駅の中から25駅を選定し、それを5駅ずつその駅付近にちなんだコースに分けて実施されます。そして、全5コースのうち、3コース以上走破しますと、今年は10月1日・2日に毎年恒例の行事横浜新都市プラザで開催される「鉄道の日イベント」会場にそのスタンプ帳を持参すると、記念品がもらえます。なお、そのスタンプ帳は今回のスタンプ設置駅で配布されています。

stampbook
今年の「関東の駅百選 新スタンプラリー」のスタンプ帳

さて、今年の「関東の駅百選 新スタンプラリー」のコースと選定駅は以下のとおりです。

<四季折々の花コース>
 大多喜駅(いすみ鉄道)
 館林駅(東武伊勢崎線)
 印西牧の原駅(北総線)
 駒込駅(JR山手線)
 三ノ輪橋電停(都電荒川線)

<ゆったり温泉コース>
 上三依塩原駅(野岩鉄道 会津鬼怒川線)
 玉川村駅(JR水郡線)
 河口湖駅(富士急行線)
 強羅駅(箱根登山鉄道)
 水沼駅(わたらせ渓谷鉄道)

<歴史・史跡探訪コース>
 西武秩父駅(西武秩父線)
 足利駅(JR両毛線)
 府中駅(京王線)
 神奈川駅(京急本線)
 鎌倉駅(JR横須賀線)

<スポーツのメッカコース>
 鹿島大野駅(鹿島臨海鉄道 大洗鹿島線)
 後楽園駅(東京メトロ丸ノ内線・南北線)
 両国駅(JR総武線)
 原宿駅(JR山手線)
 新横浜駅(JR東海道新幹線)

<SL・モノレールに乗ろうコース>
 真岡駅(真岡鉄道)
 横川駅(JR信越線)
 県庁前駅(千葉都市モノレール)
 三峰口駅(秩父鉄道)
 多摩センター駅(多摩モノレール)

自分は、2002年からの「新スタンプラリー」にこれまで参加して完全走破をしており、今回も府中駅でスタンプ帳を入手後今日は、都区内の駅を回ってきました。
この企画は、スタンプを集めるのも結構遠く不便なところもあるのですが、逆にこの企画によって訪れたところは多数あり、その駅や地域などを知ることができるということで、楽しめる企画です。
今回も、3コースとは言わず、完全走破を目指し、その計画を思案しているところです。

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今回のスタンプラリーで本日訪れた都電荒川線の三ノ輪橋電停 2005年4月30日 筆者撮影
なお、三ノ輪橋電停のスタンプは、荒川線営業所(最寄は荒川車庫前電停)に設置されています。

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2005.04.29

勝負師を乗せ続けて半世紀 ~日本最短距離列車が走る路線~

突然ですが、日本の鉄道で最長距離を走る列車は、博多~札幌を結ぶ高速貨物列車だそうです。また、旅客列車になりますと大阪~札幌を結ぶ寝台特急「トワイライトエクスプレス」とのことで、1497.5キロ(時刻表による営業キロより)を札幌行きは約21時間・大阪行きは約22時間かけて走ります。では、最短距離列車はどこになるのでしょうか?時刻表の営業キロ程を元に調べた結果、以外にも東京都内の私鉄路線にありました。これが今日の話題です。

その路線は、京王電鉄競馬場線と呼ばれる路線で、京王線東府中から府中競馬正門前までの営業キロ0.9キロの路線です。この区間を折り返す列車が「日本最短距離列車」(ケーブルカーやロープウェー・リフトなどを除く)となります。

さて、競馬場線とはどんな路線なのでしょうか?本日、乗車してみました。

東府中駅でこの線を折り返す府中競馬正門前行きに乗車します。今日は京王線系統でお馴染みの8000系8両編成が運用についていましたが、乗車していたのは自分を含めても10人は乗っていませんでした。

東府中駅を出発して程なく京王線とは左カーブで別れ、その後しばらく直線となりまして、右にカーブを過ぎると終点の府中競馬正門前駅になります。東府中駅から所要2分の行程です。

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府中競馬正門前駅に到着した8000系 2005年4月29日 筆者撮影

ご覧頂いた画像は、府中競馬正門前駅の様子です。だだっ広いホームは閑散としていました。

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ホームの売店も休業中 2005年4月29日 筆者撮影

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府中競馬正門前駅舎も閑散としている 2005年4月29日

競馬場線という線名及び終点の府中競馬正門前という駅名が物語るように、この駅前には東京競馬場があり、競馬開催日には最近では女性のファンも増えてきましたが、これで一儲けをねらう「勝負師」たちが大挙としてこの駅を訪れ、競馬場入り口に向かっていきます。その帰りは儲かった人、負けて帰る人、悲喜交々の乗客を乗せて走ります。

普段は20分間隔で本線直通もなく区間運転に終始している競馬場線ですが、以前は競馬開催日に新宿から府中競馬正門前行きの臨時急行が走ったのですが、2001年3月のダイヤ改正で競馬開催日の臨時直通列車は帰りの時間帯の上り列車のみとなり、その代わり東府中駅に「特急」「準特急」が臨時停車し、接続する線内折り返し列車が増発されます。

今日は休日とはいえ競馬開催は無かったのですが、運用の都合なのでしょうか?8000系8両編成で運行されていました。では、平日はどうかといいますと、6000系2両編成のワンマン運転で運行されています。ちなみに京王で初めてのワンマン運転の路線になっています。

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平日の競馬場線は6000系2両編成のワンマン運転 2005年4月27日 東府中で筆者撮影

競馬開催がなければただのローカル線の競馬場線。平日ならばなおさらなのですが、逆に閑散としているだけに、平日にはときおりコマーシャルなどのロケが行われています。よくTVCMで京王線でロケがされたCMが登場していますが、このロケ地として、府中競馬正門前駅でエキストラを集めた撮影が行われているようです。

さて、わずか0.9キロの競馬場線ですが本日、開業50周年を迎えました。
開業目的も「競馬場へのアクセス」というだけあって、これまで多くの「勝負師」を乗せて走り続けた競馬場線。これからも馬が走り続ける限り、勝負師を乗せて走り続けることでしょう。

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本日「京王れーるランド」で発売された記念パスネット 筆者所蔵
(東府中・府中競馬正門前・他京王各駅での発売はありません)
その図柄は1962年ごろの2000系の臨時競馬急行

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府中競馬正門前行きの「馬蹄」デザインのサボは5000系の方向幕にも継承された
5763 1994年秋 東府中で筆者撮影

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2005.04.24

ついに出現 209系3100番台

続々と103系の置き換えを進めているJR東日本、近郊の長閑なローカル線の趣も残っている八高・川越線も例外ではありません。川越線電化時に導入された103系3000番を置き換えるため、山手線から改造の上転用されてきた205系3000番台に置き換えが進んでいたのですが、ここにきて車両の需給の関係上、再び209系が導入されることになり、八高線電化時に導入された3000番台に続いて、3100番台の付番がされました。

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八高・川越線に新たに導入された209系3100番台 画像はハエ71編成
2005年4月23日 八高・川越線 高麗川で筆者撮影

さて、今回4両編成2本導入された209系3100番台は、東京臨海高速鉄道「りんかい線」の70-000系の先頭車4両と中間車ユニット1ユニット2両を譲り受け中間モハユニットを1組2両新製したという、近年まれに見る変り種の経歴を持つ車両です。
りんかい線では昨年10月のダイヤ改正より、りんかい線内を折り返す東臨車もすべて10両編成で運転されることになり、それにともなう運用本数の見直しが行われることとなったのですが、単純に6両編成を増結したわけではなく、中間車サハに相当する車両を新製し編成を組み替えた結果、余剰となった先頭車4両と中間車モハユニット2両をJR東日本が買い取り、八高・川越線の置き換え用に活用することとなったものです。

今回私が乗車したハエ71編成3101の編成は、先頭車が元東臨の70-000系で中間車は新製車になります。
外観については、前面は209系に近いようには改造されていますが、どこか違和感があるような感じが、側面はほぼ209系と同じ様な感じになっています、なお、行き先表示はLEDになっています。

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ハエ71編成 川越方先頭車 クハ209-3101
2005年4月23日 八高・川越線 高麗川で筆者撮影

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ハエ71編成の中間車は新製車 モハ209-3101
2005年4月23日 八高・川越線 高麗川で筆者撮影

この3100番台、車内については東臨時代と内装や座席などはほとんど変わっていません。また、今回新製されたモハユニットも先頭車に準じた仕様になっています。

JR209系の一員になったこの3100番台ですが、ハエ71編成の先頭車にはいかにも「元東臨車」という痕跡が見られます。

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「TWR」の後がうっすらと残っているハエ71編成の先頭車

このほか車号や配置表記部分にもその痕跡が見受けられます。この車両の経歴が分かってしまう状態になっています。

今日はこの209系3100番台、2編成とも運用に入っていました。第3セクターとはいえ、私鉄からJRに買い取られた車両というのはそんなに例はありません。
けれどもこれで、八高・川越線の車両の置き換えは完了したことになります。つい10年~20年くらい前まで、気動車で運行されていたこの路線が、ステンレス車体の電車に統一されたことは、時代の移り変わりを感じさせずにはいられません。

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209系3100番台の種車になった東臨70-000系
2005年1月30日 JR埼京線 池袋で筆者撮影

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2005.04.16

開通100周年 名鉄瀬戸線

今年に入って、話題がとにかく豊富だった名古屋鉄道、1月に空港線開業と新型特急「ミュースカイ」デビュー、これに伴うダイヤ改正と世代交代が、そして3月には惜しまれつつも岐阜市内線をはじめとした岐阜600V線区の廃線と、わずか3ヶ月の間で1年分以上の話題があり、もうこれで出尽くしただろうと思っていたところ今月に入り、名古屋市内の繁華街である栄町から瀬戸市の中心尾張瀬戸を結ぶ瀬戸線が開通100周年を迎える、ということで現在そのイベントが実施されており、名鉄ホームページのリリースによりますと、5編成の列車に記念系統板(ヘッドマーク)の取付が実施されているとともに、記念乗車券をはじめとした各種商品が現在発売中とのことです。

名鉄で現在、このような企画が実施されているとあっては関東在住であっても気になって仕方が無い、ということで本日、また名古屋を訪れ名鉄瀬戸線に乗車し、記念乗車券を購入したとともに撮影してきました。

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開業100周年の記念系統板(ヘッドマーク)を取り付けた瀬戸線6000系
2005年4月16日 尾張旭で筆者撮影

瀬戸線の終点、尾張瀬戸は陶磁器で知られるところで、ここで生産されたものは特に「せともの」と呼ばれるほど広く知れ渡っています。そして、毎年4月はせとものの陶祖である藤四郎を祀っている深川神社で「陶祖まつり」が行われるとのことで、今日はこの系統板をつけた列車も走っていました。

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「陶祖まつり」の系統板を取り付けた瀬戸線6000系
2005年4月16日 矢田~守山自衛隊前で筆者撮影

名鉄の路線網は、合併に継ぐ合併で関連した会社は多岐に渡り(現在廃線になった路線も含む)今日に至っています。今回取り上げている瀬戸線は1905年に瀬戸自動鉄道により開通し、のちに電化のうえ瀬戸電気鉄道と改称し、1939年に名古屋鉄道に合併されたという歴史をたどっています。このため、現在でも瀬戸線は他の名鉄線とはつながっていない、離れ孤島の路線です。

瀬戸線の歴史を簡単に掘り下げますと、名古屋市内のターミナルはかつて堀川というところにあって、このターミナルを発車するとしばらくは名古屋城のお堀の中を走っていたとのこと、また車両もかつては雑多な車両が多く走っていたとのことですが、1978年に1500Vに昇圧されるとともに栄町に地下線で乗り入れることになり、車両はある程度統一されたとのことです。ちなみに当ブログ内のマイフォト「惜別 名鉄岐阜600V線区」で公開している、揖斐・谷汲線で走っていたモ754も、瀬戸線でかつて走っていたそうです。

さて現在の瀬戸線では、名古屋本線などでも活躍している通勤車6000系が主力です。しかしそんな中離れ孤島の路線だけに、現在でも瀬戸線でしか見ることができない車両も存在しています。こちらについて触れたいと思います。

まずは6600系です。

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瀬戸線の近代化に貢献した6600系 
2005年4月16日 矢田~守山自衛隊前で筆者撮影

この車両は、1978年の1500V昇圧・栄町乗り入れに際して、当時本線系統に導入されていた6000系の瀬戸線版として導入されました。入線当初は非冷房であったそうなのですがのちに冷房化されています。
それまで、雑多な旧型車しか走っていなかった瀬戸線に新風を吹き込み、近代化に貢献した車両であると感じます。2両編成で存在していますが、現在瀬戸線は全列車4両編成で運転されているので2本つないだ4両編成で運用されています。

次は6750系です。

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瀬戸線のサービス向上のため導入された6750系 
2005年4月16日 矢田~守山自衛隊前で筆者撮影

この車両は、平成になってからの1990年に導入されました。前面は栄町の地下区間に対応するためでしょうか、貫通路が設けれらているほかは、この当時本線系統に導入が進んでいた6800系に近い車体構造になっています。
車号的には6000系列に含まれる車両に思われるかもしれませんが、この6750系は全く別物といっても良い車両です。と、いいますのも6750系は、この時代に走っていた旧型車から機器などを流用して作られた車両で、岐阜600V線区が廃止となった現在、名鉄にまだ残っている吊り掛け駆動車です。車体は比較的新しいのに、吊り掛けの音が鳴るというミスマッチといいますか、その落差に驚かされた車両でもあります。

現在、瀬戸市周辺では「愛・地球博」が開催中です。瀬戸線も、このアクセス路線を担うのではないかと思っていたのですが、リニモとJRの「エキスポシャトル」がメインとなって、この線は博覧会とは特に関連性は無いように思えますが、今回入手したチラシなどによりますと、瀬戸線の終点尾張瀬戸駅からもシャトルバスが運行されているとのことで、博覧会へ行かれる際にはこのルートはあまり知られていないだけに、混雑を避けたい向きの方にはねらい目かもしれません。ちなみに瀬戸線は名古屋の繁華街である栄に直通しており、名古屋駅からはJR中央線に乗車し、大曽根で乗り換えることができます。

その時、6750系に遭遇したら、今も残る吊り掛け駆動の音に浸ってみるのも一考かと思います。


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2005.04.14

終焉間近 八高・川越線103系3000番台

終焉間近  八高・川越線103系3000番台

八高・川越線を走る103系の変わり種、3000番台ですが、本日ハエ52・53編成に出会いました。
この103系にも、まもなく終焉が近づいてきました。

(画像はハエ53編成 2005年4月14日 八王子で撮影)

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2005.04.12

JR常磐線 7月9日ダイヤ改正

先日、常磐線の話題を2題記事にしたのですが、本日JR東日本ホームページのリリースによりますと、7月9日(土)にダイヤ改正を実施すると報じられました。

改正の内容は特急の増発・停車駅・運転時刻などの見直しと、普通・快速列車に新型車両E531系を導入し、混雑緩和とスピードアップ、さらに上野~土浦に「特別快速」新設と、8月に開通が予定されている新路線「つくばエクスプレス」を意識した内容になっています。

やはり目玉は、新型車両E531系の登場でしょう。最高時速130kmの性能で、所要時間の短縮を図ります。今回の改正では上野~土浦間の18往復(特別快速・通勤快速も含む)の列車が新型E531系で運行されるとのことです。
さらに、このE531系を使用して、最高時速130kmで運転される「特別快速」も上野~土浦間に登場します。この特別快速の停車駅は上野・日暮里・松戸・柏・取手と停車し、取手以降は各駅に停車するとのことで、上野~土浦を最速55分で結ぶとのことです。運転本数は平日では10時~15時の毎時1本で上野は10時台が10分の他は毎時12分に、土浦は毎時57分の発車になります。

新設される特別快速がデイタイム帯のみ1時間に1本とは少ないように思いますが、今回導入されるE531系は90両(15両編成で6本)であることから、今後増備が進めば増発及び運転時間帯の拡大もあるのではないかと感じます。

今年8月、常磐線には「つくばエクスプレス」という競合路線が開業します。これを見据えた今回のダイヤ改正は、今後の常磐線を占う上での重要な意味を持つ内容になります。
まずは、E531系による「特別快速」に乗るのが楽しみでありますが、その一方でこれまで活躍してきた403・415系、さらには取手までの快速に1編成残存している103系の置き換えも始まり、いよいよ常磐線にも世代交代の第2章(中距離列車)が、始まろうとしていることに間違いないでしょう。


参考 JR東日本HPニュースリリース 2005年7月ダイヤ改正について(PDFファイル)

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2005.04.10

孤軍奮闘 常磐快速線103系

近年、急速に数を減らしているJR東日本の103系、今では武蔵野線や鶴見線などのごく限られた路線でしか見ることができません。
そんな中、常磐快速線ではE231系の導入により全廃になるところ、導入本数の見直しなどで1編成だけ現在でも残存しています。今日、常磐快速線で孤軍奮闘している103系に遭遇しました。

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常磐快速線に1編成残存している103系 2枚とも2005年4月10日 松戸で筆者撮影

常磐快速線の103系は、全国でもここだけの「エメラルドグリーン」の塗装が施されています。また北千住~取手間の複々線区間では、モーター音を盛大に響かせ103系の性能目いっぱいの時速100km走行を行っていました。しかし現在、常磐快速線に残っている103系はこの1編成とその増結車のみで、実際に遭遇できるかはわからない状況です。

この103系も、まもなく導入されるE531系により運用の見直しなどで淘汰されると思われます。
1編成しか残っていない常磐快速線の103系ですが、乗車することができましたらぜひ、複々線区間での豪快なモーター音に浸ってみるのも一考かと思います。

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「匠の道」電車 常磐線を行く

現在JR東日本水戸支社では、東北線(宇都宮線)小山から常磐線友部を結ぶ水戸線のキャンペーンを実施しています。
このキャンペーンは「匠の道 水戸線をゆく」と名づけられ、この沿線の「駅からハイキング」企画や水戸線各駅で「クイズラリー」が実施され、「クイズラリー」ではポイントになっている駅のクイズ答えると、抽選で水戸線沿線の特産品などがプレゼントされるとのことです。
この水戸線キャンペーンに「匠の道」というキャッチコピーが付いた理由は、この沿線には絹織物で有名な結城や、焼き物で有名な笠間などを通ることから、このようなコピーが付きました。

さて、このキャンペーンの宣伝のため、水戸支社所属の415系に「匠の道」のラッピング車が登場しています。この車両は水戸線だけではなく、常磐線でも運行され上野までやってきます。
そして本日、常磐線でこの車両に遭遇しました。

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「匠の道」ラッピングの415系 全景 2005年4月10日 松戸で筆者撮影

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ラッピング部分のクローズアップ 2005年4月10日 松戸で筆者撮影

本日自分が確認した「匠の道」のラッピングがされた車両は、いずれも4両編成で2編成確認しました。
このラッピング車両ですが常磐線の415系の運用は複雑で、この画像では4+4の8両編成前4両が「匠の道」でしたが、場合によっては12両編成4+4+4あるいは15両編成7+4+4の中間の4両の場合ありえることから、撮影などには難儀しそうです。

ところで常磐線の415系ですが、すでにこれに代わる新型車E531系が入線して試運転が始まっているそうです。E531系の営業運転が始まりますと、415系のうち鋼製車体のものは淘汰されることでしょう。415系の中にこれ以前の403系も混じっていますが、これも真っ先に淘汰されることは容易に想像できます。また、415系には211系タイプのステンレス車体のものも存在していますが、水戸線や常磐線水戸以遠のローカル用に残るのみで、上野口に姿を見せることはなくなると思われます。

今が置き換え前夜の状況とも言える常磐線の403・415系を記録・撮影できるのは、今がチャンスといったところでしょうか。
この「匠の道」ラッピングは、置き換え前を飾る姿なのかもしれません。

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2005.04.09

山手線から撤退 205系

東京の鉄道網の要ともいえる山手線、E231系の増備が進んでこれまで活躍していた205系が、いよいよ山手線から撤退することになりました。

現在残っているのはトウ4編成の1編成のみです。205系が撤退するのに合わせて、現在この編成にヘッドマークが付いています。今日、代々木で約1時間張って撮影・乗車することができました。

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残り1編成になった山手線205系 内回り方面先頭車のヘッドマーク
2005年4月9日 代々木で筆者撮影

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内回り方面では後尾になる車両のヘッドマーク
2005年4月9日 品川で筆者撮影

今日の山手線205系トウ4編成は、内回り18G運行についていました。

当ブログよりリンクしているブログなどに出回っている情報によりますと、山手線205系は今月17日までの運行だそうです。今日も乗車中、五反田や大崎・品川でこの205系を撮影していた人を多く見かけました。

205系はこの山手線に初めて導入されました。最初の4編成は2段窓、その後の編成からは1段下降窓になり1988年まで導入され、それまでの103系をすべて置き換えました。その後試作を経て11両編成化に伴い、6ドア座席収納車サハ204が挿入されました。

約20年間にわたり山手線で活躍した205系、振り返りますと国鉄からJRに、昭和から平成に、20世紀から21世紀へと時代が移り変わり、都庁が有楽町から新宿に移転するなど、東京の移り変わりを眺めつつ走り続けた車両であったと思います。

山手線から撤退する205系は、現在JR東日本管内に残る103系などの置き換え用に転出しています。これら車両は帯の色が変えられ、一部中間車は先頭車に改造され、またそれぞれの線区の特状にあわせた改造を行って、新天地ですでに活躍が始まっています。

発祥の地を去る205系。山手線でのこれまでの活躍を称え、新たな地での活躍に注目しようではないでしょうか?


関連記事
山手線 世代交代がまもなく完了(2005年1月30日)

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桜咲く季節到来

今日は東京で、桜が満開となりました。都内各地の桜の名所で大勢の方が訪れたことでしょう。

東京の桜の名所の一つ、井の頭公園の桜も満開になりました。

そこで、井の頭公園駅付近の桜を絡めた京王井の頭線を撮影してみました。

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2005年4月9日 三鷹台~井の頭公園で筆者撮影

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2005年4月9日 井の頭公園で筆者撮影

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2005年4月9日 井の頭公園で筆者撮影

なお、本日は下り吉祥寺行きの急行が井の頭公園駅に臨時停車しました。

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臨時停車する急行に向けて、駅係員が赤旗で停車の合図を送る
2005年4月9日 井の頭公園で筆者撮影

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桜に誘われて、臨時停車した急行から大勢のお客さんが降りてきた。
2005年4月9日 井の頭公園で筆者撮影

東京の桜は今が見ごろです。明日も井の頭公園をはじめ各地で多くの人が訪れることでしょう。

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2005.04.07

春の全国交通安全運動実施中

春の全国交通安全運動実施中

只今、春の全国交通安全運動が実施されています。
今シーズンも、京王では恒例のヘッドマークが登場しています。
井の頭線では1760Fに付いていました。
(画像は2005年4月7日 吉祥寺で撮影)

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2005.04.02

続・JR東日本207系に遭遇

(この記事は、2005年4月2日アップの記事「世代交代が進む武蔵野線」の「続きを読む」に記載されていた記事です。)

本日、新松戸から乗車した常磐線各駅停車代々木上原行きは、1編成しか存在していない207系で到着しました。

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2005年4月2日 新松戸で筆者撮影

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2005年4月2日 東京メトロ千代田線 代々木上原で筆者撮影


関連記事
JR東日本207系に遭遇(2005年2月7日)

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世代交代が進む武蔵野線

JR東日本では現在、山手線にE231系を導入しこれにより捻出される205系を使って管内の103系の置き換えを行っています。今日は、現在103系がまだ多く残っていると思われる武蔵野線を見に行ってきました。

今回は、京葉線東京から新松戸までの区間で観察し、合わせて京葉線にもまだ残っていると思われる103系も見ようと思ったのですが、京葉線の103系には出会えず武蔵野線も205系で、一旦市川塩浜で下車し、撮影したのですが、103系はきませんでした。

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武蔵野線に導入が進んでいる205系 2005年4月2日 京葉線 市川塩浜で筆者撮影

ちなみに、山手線から武蔵野線に転用された205系はVVVFに換装されています。このため、モハユニットが5000番台になっています。

そうこうしているうちに次の武蔵野線が到着したのですが、この列車は103系で到着しました。

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103系 No.14編成で到着した武蔵野線 2005年4月2日 京葉線 市川塩浜で筆者撮影

この列車で次の西船橋で下車して撮影したのですが、西船橋では乗車してきた列車を含めて上下合わせて4本立て続けに103系に遭遇しました。

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海浜幕張行き 103系No.16編成 2005年4月2日 西船橋で筆者撮影

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このような並びも見ることができた 2005年4月2日 西船橋で筆者撮影

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上画像の府中本町行き 103系No.38編成 高運転台非ATCの先頭車 2005年4月2日 西船橋で筆者撮影

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上画像のもう1編成 東京行き 103系No.37編成 2005年4月2日 西船橋で筆者撮影

その後、また205系府中本町行きに乗車したのですが、すれ違う列車はみんな205系でちょうど良いタイミングで103系に遭遇したことになります。そして、新松戸で降りますとすれ違った東京行きがまた103系でした。

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103系No.11編成 2005年4月2日 新松戸で筆者撮影

今日は計5編成103系に出会うことができました。山手線ではまもなくE231系の投入が完了し205系は撤退となるのですが、武蔵野線に転用するためにモハ車をVVVFに換装していることから、いましばらくは103系に出会えそうですが、やはり数を減らしてきているのには間違いなく、撮影するのは今のうちという状況であると思います。

首都圏から103系が見られなくなってしまうのも、時間の問題でしょう。

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地道に走り続ける 京王7000系

先日、鉄道雑誌に特集されたということで京王3000系を記事にしましたが、実は現在発売中の鉄道雑誌「とれいん 2005年4月号」に「MODELERS FILE」というコーナーがあり、今月号は京王7000系が特集されています。鉄道でも模型を主においている雑誌だけに、屋根上や床下などの細かい点や、この車両の変遷についてもまとめられています。

京王7000系は京王線系統初のステンレス車として、1984年に入線しました。この当時の主力車両だった6000系から、車体をステンレスにしたような感じの車両です。1997年まで増備が進み現在190両が在籍しています。

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現在活躍している 京王7000系 7707 2005年4月2日 明大前で筆者撮影

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1987年の増備車からは外板がビード加工になり印象が変わった 7771 この編成は現在10両固定編成
2005年4月2日 明大前で筆者撮影

さて、今では「特急」など優等列車にも運用されている7000系ですがデビューした当初は、この当時まだ残っていた2010系などのグリーン車の置き換え用とされ、5両編成で各駅停車の運用についており、優等列車で運用されることは稀でした。また、外装も今日ではアイボリーの前面に京王のコーポレートカラーのワインレッドとブルーのラインが入っていますが、入線当初は前面は銀色・側面は臙脂のラインでした。
その後、1987年の増備車(7721F)から前面がアイボリーになり、側面も上部にも臙脂のラインが入り(これは数年で撤去)それまでの7000系にも波及しました。ここでその昔の7000系のスタイルについて手持ちの写真などから紹介します。

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7000系入線当初はこんないでたちでした。 1984年3月発行の記念乗車券より 筆者所蔵

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現在では10両固定編成になって、優等列車にも使用されている7722Fの在りし日の姿。前面と側面のラインにご注目ください。
1988年3月 新宿で筆者撮影

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臙脂帯時代の7000系 画像は当時、競馬開催日に運転されていた「臨時急行 新線新宿ゆき」 この時代、7000系が優等運用につくのはこのような臨時列車でした。
7759 1992年10月 桜上水で筆者撮影

入線当初は各駅停車用として5両編成で登場した7000系でしたが、その後輸送力増強により8両固定編成が登場し、5両固定のものも6両そして8両に増結されました。また1993年になりますと8000系が登場したものの、特定都市鉄道整備積立金制度により京王線系統の各駅停車の10両編成化が行われることとなり、増結用の4両編成・2両編成が登場し、その後10両固定編成まで登場しました。
7000系の増備は1996年で打ち切られたものの、この増備により特定都市鉄道整備積立金制度による輸送力増強工事は完了しこの翌年、現在でも語り草になっている「工事完成による運賃値下げ」という快挙を達成する原動力になりました。

2001年のダイヤ改正により7000系も晴れて優等系に充当されることとなり、この後外装が現在のワインレッドとブルーのラインになりました。

7000系はデビューして20年が経過し、初期の車両については更新が行われ始めました。これにより車内にLED案内装置とドアチャイムが取り付けられ座席などもリフレッシュされた他、最近ではVVVFに換装されたものまで出現しました。
地味ながらも、京王線の輸送に貢献し今も時代に合わせて姿を変えている7000系、しばらくは走り続けると思いますが、その変遷とバリエーションに注目してみるのも一考かと思います。

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