東京メトロ千代田線開業35周年 イベント列車に乗ってみた
今年4月に民営会社になった東京メトロですが、その後は鉄道ファン向けのイベントや沿線で行事がある際の臨時列車設定など、とにかくイベントが目白押しになっているような気がいたします。そこで今日は、千代田線開業35周年を記念して運転されたイベント列車「6000-(ハイフン)号」に乗ってきました。
この列車は先述のとおりで、今月20日で開業35周年を迎えた千代田線北千住~大手町間および綾瀬~北綾瀬間開業25周年を記念して湯島~北綾瀬を往復で運転された列車で、定員制で3往復運転されました。乗車するのには、湯島駅で発売する「乗車整理票付きの記念乗車券」を購入した人だけ、指定された列車に乗車できるもので、自分が湯島に着いたときは、10時42分発の「6000-2号」の乗車券が発売を開始していて、列に並びなんとか購入できましたので乗車することができました。
今回のイベント列車に乗車するのに必要な「乗車整理票つき記念乗車券」
発車時刻10分位前にホームに誘導されて、その後今回のイベント列車が到着しました。
入線した6000-(ハイフン)2号 2004年12月23日 湯島で筆者撮影
今回のイベント列車のヘッドマークと側窓につけられたサボ
今回のイベントで使用された車両ですが、千代田線の車両としてお馴染みの6000系ではあるのですが、通称「ハイフン車」と呼ばれる6000系試作車です。この車両は、千代田線開業前にこの6000系で採用されたチョッパ制御の試験車両として製造され、当初は東西線で試験を行っていたそうでその当時は床下全体がスカートで覆われていたとのことです。その後千代田線が開通し6000系が量産されたあとはしばらく使用されていなかったそうなのですが、25年前の綾瀬~北綾瀬間が開業すると、この区間の折り返し列車として今日まで運行されています。なお、綾瀬~北綾瀬間は3両編成で運転されていてその後2002年には同区間ワンマン運転が開始され、それに対応した車両になっています。
よって、千代田線の本線ともいえる区間に乗り入れてくることはありません。また、この6000系は抵抗制御に改造されています。
イベント列車は湯島の代々木上原行きホームから出発し、通常は夜間の停泊用留置線を経由して北綾瀬まで往復しました。また北綾瀬へは直通列車はありませんので、いずれにしましても「通常は営業列車では走行しないルート」を走行しました。
北綾瀬で折り返して湯島に戻ると、このイベント列車の行程は終了となります。
そこで、このイベント列車を降りた後、次の3号を撮影に綾瀬に行ってみました。
2004年12月23日 綾瀬で筆者撮影 6000-3号
乗車するのも盛況でしたが、ここ綾瀬も撮影する人で例外なくカメラを持った方々が集まっていました。
今回は千代田線開業35周年記念ということでしたが、この記念乗車券の裏側のあゆみを見ますと、北千住~大手町の開業時にはまだ6000系は試作車の段階でまだ開発中だったことから、5000系で運転開始しました。1971年に綾瀬~北千住が開業し常磐線との相互乗り入れを開始、1978年に代々木上原まで開業して小田急線との相互乗り入れを始めました。
千代田線開業当初は緑帯の5000系3両編成だった
2004年9月25日 新木場車両基地で開催された撮影会会場で筆者撮影
この車両は綾瀬~北綾瀬間で使用され、同区間ワンマン化により廃車となって、現在新木場車両基地の入換車として使われているそうです。
現在の千代田線の主力でもある6000系も初期のものはすでに30年が経過していますが、そのデザインは今でも遜色はない斬新なデザインであり、更新を受けて全車両健在です。
大手町や日比谷・霞ヶ関など日本の中枢を通過する千代田線は、これからも多くの人々を乗せて走り続けることでしょう。
今回のイベントで使われた6000系ハイフン車(試作車)は東西線で試験が行われていた。
東西線日本橋駅で本日より開催されている東西線開業40周年記念パネル展で展示された写真より。
なお、今日は東西線開業40周年の記念日だそうです。
現在の千代田線の主力 6000系
2004年12月11日 小田急多摩線 はるひ野で筆者撮影
6000系の後継者となる06系 この形式は現在でも1編成しか存在していないレア車両
画像は東京メトロ移行期
2004年2月11日 代々木上原で筆者撮影
| 固定リンク
「イベント」カテゴリの記事
- 都電荒川線 8800形ニューカラーデビュー記念撮影会に行ってきました(2010.12.25)
- 東武ファンフェスタ(2010)に行ってきました(2010.12.05)
- 都営地下鉄開業50周年記念フェスタ in 浅草線 イベントに行ってきました(2010.12.04)
- 東京メトロ スマイルフェスタ2010 車両基地イベント in AYASEに行ってきました(2010.11.28)
- 名鉄「大人の社会見学in舞木検査場」ツアーに参加しました(2010.11.26)
「カテゴリー東京メトロ」カテゴリの記事
- 東京メトロ スマイルフェスタ2010 車両基地イベント in AYASEに行ってきました(2010.11.28)
- 全線開通10周年! 相互直通運転10周年ヘッドマークを付けた東京メトロ南北線9000系(2010.10.03)
- 東京メトロ東西線 15000系デビュー(2010.05.10)
- 東京メトロ9000系5次車に出会う(2009.12.26)
- 東京メトロ副都心線開業1周年ヘッドマーク(2009.06.20)
「臨時列車」カテゴリの記事
- 183・189系で運転された「あずさ」81号(2010.12.29)
- クリスマス目前! 今年も運転「みなとみらい号」(2010.12.23)
- 転機を迎える快速「むさしの」号(2010.10.24)
- 旅立ち!「さよなら中央線201系H7編成 ラストラン山梨 そして信州へ」 ~さよなら中央快速線201系~(2010.10.17)
- 運転開始50周年を迎えた特急「草津」号(2010.10.11)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
千代田線は思い出深い路線の一つです。霞ヶ関の部分開業初日にオヤジにつれて行ってもらったのです。オヤジが警視庁に勤めていた関係で定期を持っていたからでしょうね。
代々木上原への延長時は大学に入った直後だったでしょうか。6000ももちろん代表車ですが、私にとっての千代田線は5000系と103なんですよ。
投稿: SATO | 2004.12.23 21:28
6000系の前面スタイルは、今見てもかっこよいですね。窓の配置、非常ドアの形状、大きな運転台窓など、斬新です。唯一の欠点は、側ドアの柄図窓が小さく、室内が暗いことぐらいでしょうか。
Primera
投稿: primera | 2004.12.24 01:20
SATOさん、Primeraさん、いつもコメントをありがとうございます。
SATOさん>
自分も千代田線は、かつて親戚が松戸に住んでいたのでよく乗りました。5000系はかすかに覚えているのですが、主力は6000系でした。また、当時の国鉄103系1000番台にも乗ったことがあります。
今でも褪せない斬新なデザインの6000系と、シールド工法で掘られたトンネル、さらには常磐線での快走など、思い出多い路線です。
Primeraさん>
今でもその斬新さを失わない6000系ですが、おっしゃるとおりでドアの窓が高く、幼いころ乗ったときは外が見えないので、ドア窓が大きかった国鉄103系の方を好んでいたように思います。ドア窓が小さく高くなっているのは千代田線6000系に限らず、当時の営団地下鉄の車両のうち、銀座線・丸の内線・日比谷線の一部の未更新車?以外はみんな小さく高くなっています。しかし、銀座線01系からは再び大きなドア窓になっています。
その6000系も初期の車両は30年以上経過し更新修繕が実施されているのですが、最近の更新車ではドア窓が大きくなった車両が登場しています。今後はこのようなドア窓が増えることが予想され、今の小さいドア窓がだんだん希少になってくるのではないかと思います。
投稿: Kaz-T | 2004.12.25 22:42