カテゴリー「特集:(一社)CARB「首都圏電車区」保存車両(2026.2設定)」の8件の記事

2025.05.17

1596.【北陸鉄道】浅野川線8000系引退記念乗車券

北陸鉄道浅野川線の近代化に貢献した車両、引退を迎えます。

 

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 名称   :浅野川線8000系引退記念乗車券
 発行社局:北陸鉄道
 発売日  :2025年5月12日(一般発売)
 値段   :1,500円
 購入箇所:北陸鉄道Webサイト(Web販売)
 シリアルNo.:0297
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北陸鉄道浅野川線で運行されてきた8000系、最後の編成が運行を終了することになり発売されました記念乗車券になります。5編成存在した8000系各編成をあしらったD型硬券乗車券5枚が8000系活躍のシーンやヒストリーをあしらった台紙にセットされ、その表紙は最後まで残った8801-8811号編成をあしらいました。この記念乗車券も2025年5月11日に内灘駅構内で開催された「あさでんまつり」会場で先の浅野川線開業100周年記念乗車券等と合わせて先行発売されたのち、翌日から北陸鉄道有人駅と合わせてWeb発売が開始されました。

 

浅野川線で運転されてきた8000系は、京王井の頭線で活躍していた3000系の譲受車で1996年12月より浅野川線で運行を開始しました。この時浅野川線では北鉄金沢駅地下移転に備え架線電圧を600Vから1500Vに昇圧がおこなわれたことから、従来車の代替としてちょうどまとまった両数が廃車・発生することになった京王3000系を改造して導入することになりました。1996年に4編成、1998年に1編成入線し5編成が活躍していました。北陸鉄道では8000系となっていますが、車号的には8800番代と8900番代に分けられ、8800番代は京王3000系第1・2編成の狭幅片開きドア車から改造された車両、8900番代は第3編成以降の広幅両開きドア車から改造された車両になり、いずれも京王時代はカラフルに色分けられていた前面は北陸鉄道のコーポレートカラーとなるオレンジ色になり、さらには雪国を走行するためスノープロウがつけられたという特徴があります。2001年の北鉄金沢駅地下化と合わせて、浅野川線を都市近郊路線へ変貌させた車両であります。

その後も浅野川線で活躍した8000系、老朽化が進んだことから2020年より東京メトロ日比谷線03系の譲渡車が導入されたのに伴い置き換えが始まり徐々に姿を消していきました。2020年の03系第1編成運行開始に伴い8903-8913号編成が引退、2021年に8901-8911号編成が引退、2022年には8802-8812号編成が引退直前に京王時代のアイボリーの前面が再現されて引退、2023年に8902-8912号編成が引退し、最後まで残った8801-8811編成が引退を迎えることになりました。

最後まで残った8801-8811編成は、京王時代3701-3751号車で1962年に井の頭線に入線した3000系のトップナンバー編成の先頭車からの改造車で狭幅片開きドアの車体になります。この編成は2023年に北陸鉄道創立80周年を記念して京王時代のブルーグリーンの前面が再現され前面の方向幕も京王井の頭線時代を彷彿とさせる楷書体の「北鉄金沢 内灘」表示になっています。製造から62年以上が過ぎて引退を迎えることになります。

 

8801-8811号編成は2025年5月24日・25日に事前申し込みの撮影会ツアーが行われて引退となります。

 

引退を迎えることになった元京王3000系である北陸鉄道8000系、第1編成製造から62年以上にも及び京王井の頭線から北陸鉄道浅野川線で活躍しました。 

京王井の頭線沿線で生まれ育った自分としましては、北陸鉄道譲渡と聞いて遠いところに渡ってしまったなと感じました。自分が初めて北陸鉄道浅野川線を訪れたのは8000系運行開始から数か月後のことで、この時ほくほく線が開通し越後湯沢乗り換え「はくたか スノーラビット」ルートで訪れましたが、どうしても遠く感じたものでした。その後何度か訪れこの時運行されていた夜行急行「能登」号で訪れたこともありました。

2015年3月、北陸新幹線長野~金沢が開業しました。東京から約2時間30分で金沢に行くことができるようになり、北陸鉄道を訪れることも思い立ったときすぐに行けるようになりました。開業日にさっそく乗車した北陸新幹線で金沢に着いた際も、真っ先に北鉄金沢駅に向かい浅野川線で運転されている元京王3000系に乗車、今回引退を迎えるトップナンバー編成からの改造車にも乗車することができました。

最後まで残った8000系8801-8811編成、2023年の前面ブルーグリーン復刻後は、同年夏に浅野川線を訪れた際、北鉄金沢駅に留置中の姿を見ただけにとどまりました。またこれが、自分が最後に見た北陸鉄道8000系ということになってしまいました。

 

引退を迎える北陸鉄道浅野川線8000系、京王井の頭線から北陸鉄道浅野川線にわたり長きにわたり活躍し、晩節においては大地震に遭遇しました。北陸・金沢の鉄道事情の変化を感じつつ、浅野川線開業100周年の佳節を見届けて、長かった生涯を終えようとしています。

2023.06.22

1508.【北陸鉄道】浅野川線8801+8811号 復刻塗装記念乗車券

石川県の北陸鉄道は、本年2023年10月で創立80周年を迎えます。この一環で、浅野川線で運行されている8000系に懐かしの外装を再現した編成が登場しました。

 

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 名称   :浅野川線8801+8811号 復刻塗装記念乗車券
 発行社局:北陸鉄道
 発売日  :2023年6月16日
 値段   :1,000円
 購入箇所:北陸鉄道Webサイト(Web販売)
 シリアルNo.:0669
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懐かし外装が再現された浅野川線8000系は、8801+8811号になります。京王井の頭線で運転されていた3000系の譲渡車である8000系、この編成の京王時代の車号は3751+3701で、京王3000系のトップナンバー編成になります。1962年に製造され昨年で60年を迎えた車両になります。1996年に北陸鉄道浅野川線にやってきて、今日まで運行されてきました。今回は前面及び側面の帯を京王時代の「ブルーグリーン」を再現したものになりました。昨年2022年に引退した8802+8812編成に続いて京王時代の姿が再現されました。また前面方向幕についても今回京王井の頭線時代を彷彿とさせる楷書体の「北鉄金沢 内灘」表示になっています。

本年4月29日にお披露目の撮影会が開催され、以降この姿で運転されていますが、浅野川線では現在導入が進んでいる03系が4編成まで揃い実質03系のみで浅野川線の運用は賄えることから、運転されている姿にお目にかかるには運が必要な状況になっています。この記念乗車券はWeb販売にて入手しました。

 

京王時代の復刻塗装となったことを記念して発売されました記念乗車券になります。8801+8811の京王時代3751Fの姿、北陸鉄道譲渡後のオレンジ前面、そしてブルーグリーンに復元した姿をそれぞれあしらったD型硬券乗車券3枚が、8801+8811の京王時代から北陸鉄道浅野川線での活躍のシーンの写真をあしらった台紙にセットされています。

 

京王時代の姿が再現された北陸鉄道浅野川線8801+8811号、60年を迎え金沢の地で健在です。

2017.04.15

0902.【京王】京王線開業90周年 井の頭線開業70周年記念 オリジナルパスネット 京王のあゆみと共に Vol.5

全6回シリーズで発売された京王線90周年・井の頭線70周年記念パスネット、第5回目は1960年代、高度成長期の時代に登場した車両をあしらったカードになります。京王の歴史上において欠くことのできない車両になります。
 
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 名称   :京王線開業90周年 井の頭線開業70周年記念 オリジナルパスネット
                                       京王のあゆみと共に Vol.5
 発行社局:京王電鉄
 発売日  :2003年12月--日
 値段   :2,000円(1,000円券2枚組)
 購入個所:
 シリアルNo.:02257
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第5回目は、京王線5000系と、井の頭線3000系をあしらいました。
 
1964年にアジアで初めてのオリンピックが東京で開催されることになり、日本中が建設ラッシュに沸いていた時代になります。京王においては新宿駅の地下化や多摩川橋梁の複線化、そして京王線の1500V昇圧と特急運転開始がこの頃に行われ、新宿に京王百貨店がオープンしたのもこの頃になります。それまでの軌道の延長であった京王線のイメージアップを図るためにこの時代、京王線に登場したのが5000系になります。1963年に登場しパノラミックウィンドの前面にアイボリーにエンジ色の帯という外装で登場、京王のイメージアップに大きく貢献し翌1964年に鉄道友の会ローレル賞を受賞しました。
 
井の頭線においてはこの前年に3000系が登場、ステンレスの車体に前面をFRPを用いてこの部分を編成ごとに色分けしたことで人気を集め、1963年に鉄道友の会ローレル賞を受賞しました。
 
1960年代に登場した京王線5000系と井の頭線3000系、いずれも今日の京王のイメージを形作った車両であり、今でも語り継がれている車両になります。
5000系は1996年に営業車としての運転は終了しましたが、伊予鉄道・富士急行・一畑電車・高松琴平電鉄に譲渡されました。かの地で活躍してきましたが経年により譲渡先で廃車になった車両もあるなか、伊予鉄道に渡った車両のうち2両が千葉県の銚子電鉄に再譲渡され、再び活躍を始めています。また、多摩動物公園駅前の京王れーるランドでは5723号車が保存・展示されています。
3000系はこのカードが発売された時点で、まだ半数ほどの車両が井の頭線で活躍しておりました。ただ大多数の車両がリニューアルされ前面形状が変わっていました。1962年から導入が始まり1988年まで増備されその後事故廃車による補充新製が1991年にありましたので、実に30年近くにわたり製造が続いたというロングセラーモデルになりました。最後の車両は2011年に引退しましたが、引退後は北陸鉄道岳南電車上毛電気鉄道アルピコ交通、伊予鉄道に譲渡されて活躍しています。また、多摩動物公園駅前の京王れーるランドでは3719号車が保存・展示されています。このパスネットのあしらわれている3000系トップナンバー編成は、現在でも両先頭車が北陸鉄道浅野川線で活躍しています。
 
1960年代、高度成長と東京オリンピック開催という時代に華々しく登場した5000系と3000系、すでにこれら車両が引退して時が過ぎていますが、京王が大きく発展した時代に登場した、名車の誉れ高い車両になります。

2016.12.08

0690.【富士急】さようなら5700形記念乗車券

かつての富士急の主力車両、引退を迎えることになり発売されましたアイテムを公開いたします。
 
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 名称   :さようなら5700形記念乗車券
 発行社局:富士急行
 発売日  :1996年12月--日
 値段   :600円
 購入箇所:大月駅
 シリアルNo.:000445
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富士急5700形は1982年に入線した車両で、小田急2200形等のFM車の譲受車になります。
種車の関係で4種類存在し、小田急時代は2200形、2220形、2300形、2320形と呼ばれていた車両の全種類が富士急にやってきました。富士急には8編成譲渡され、高性能車であったことから富士急行線のスピードアップが図られたとのことです。
しかし老朽化が進んだことやATSが導入されることになったことから、1994年より京王5000系の譲受車である1000系により置き換えられていき、最後の車両が1996年12月で運用を離脱することになったことから、このような記念乗車券が発売されました。
4形態存在した5700形、それぞれの姿をあしらった短冊型の乗車券になります。
 
富士急で引退した5700形ですが、現在でも小田急時代2200形であった車両が、山梨県笛吹市内の企業の敷地で保存されており、外装は小田急で登場した当時のものになっており、一般には公開はされていませんが敷地外から見ることは可能です。また廃車後台車が銚子電鉄1000形に使用されました。
 
富士急においては5700形導入前にも小田急から旧型車を譲り受けて活躍していた時代がありましたが、その後このFM車が富士急で5700形として14年間活躍しました。2016年で引退から早くも20年が過ぎてしまいましたが、現在の富士急では再び小田急からロマンスカー20000形RSE車が譲渡され8000系「フジサン特急」として活躍しています。
 
元小田急車に縁がある富士急行になります。

2016.02.27

0339.【銚子電鉄】復刻丸ノ内分岐線カラー 運行記念切符・入場券

鉄子号カラーをまとっていた銚子電鉄デハ1002、2011年11月より往年の外観が再現されました。
 
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 名称   :復刻丸ノ内分岐線カラー 運行記念切符
 発行社局:銚子電気鉄道
 発売日  :2011年12月1日
 値段   :1,000円
 購入箇所:通信販売
 シリアルNo.:0717
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 名称   :復刻丸ノ内分岐線カラー 運行記念入場券
 発行社局:銚子電気鉄道
 発売日  :2011年12月1日
 値段   :150円
 購入箇所:通信販売
 シリアルNo.:0820
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デハ1002は、元は丸ノ内分岐線で走行していたという経緯があったことから、かつての丸ノ内線時代の赤い車体が再現されました。このアイテムは通信販売で入手しましたが、当時大変大きな反響がありました。
 
デハ1002については、この外観で2011年から走り続けましたが2015年1月、惜しまれつつも引退を迎えました。

0338.【銚子電鉄】デハ1002 ありがとう「鉄子の旅」カラー車両

本日、2016年2月27日から28日にかけて銚子電鉄では、デハ1000形の引退記念イベントが開催されます。昨年2015年1月にデハ1002が引退し、残されたデハ1001も引退を迎えます。以前デハ1002引退記念アイテムを公開していますが、今回もいくつか手元に蒐集しましたアイテムを公開いたします。まずは、すでに引退しているデハ1002が一時期まとっていた外装で運転を終えることを記念して発売されたアイテムになります。
 
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 名称   :デハ1002 ありがとう「鉄子の旅」カラー車両
 発行社局:銚子電気鉄道
 発売日  :2011年9月--日
 値段   :620円
 購入箇所:
 シリアルNo.:000170
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デハ1002については2008年より、「鉄子の旅」の漫画家、菊池直恵さんがデザインした外装になっていました。「鉄子号」と呼ばれていた外装になります。2011年にこの外装での運転を終えることから発売されたものになります。
 
銚子電鉄に訪れた際に何度かこの外装のデハ1002に乗車しています。思い出になって4年になろうとしています。

2015.08.01

0064.【銚子電鉄】銚子電鉄デハ1002 ありがとう記念券

今年も夏を迎えている銚子電鉄、しかしこの車両はもう走りません。
 
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 名称   :銚子電鉄デハ1002 ありがとう記念券
 発行社局:銚子電気鉄道
 発売日  :2015年1月10日
 値段   :1,000円
 購入箇所:銚子駅(臨時窓口)
 シリアルNo.:0122
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銚子電鉄デハ1002は、デハ1001号とともに元営団地下鉄2000形の譲受車として1994年に銚子電鉄にやってきました。営団時代は2000形は銀座線用車両として先頭車として製造されましたが、銚子電鉄デハ1002になった車両は丸ノ内線分岐線(中野坂上~方南町)に転用され赤い車体に白のライン(ただし丸ノ内線本線用車両にあったサインカーブは省略)という外装になって走っておりました。銚子電鉄入線に伴う改造で別の車両の運転台部分を組み合わせて両運転台化を行い、台車は富士急行で廃車となった5700形(元小田急2200系列)から発生したものに履き替えられました。
 
以降デハ1001号とともに銚子電鉄の主力車両として活躍し、2007年に漫画「鉄子の旅」の作者がデザインした外装になり、2011年に営団時代の丸ノ内線カラーに復刻したという経歴があります。
 
製造から50年が過ぎて老朽化が進んだことから、今年1月に最終運行を行い引退しました。これを記念して発売された硬券台紙付セットの記念券になります。

 

銚子電鉄デハ1002引退関連では、この他にも短冊型1枚ものの記念乗車券が発売されています。
 
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 名称   :デハ1002号さようなら運転記念
 発行社局:銚子電気鉄道
 発売日  :2015年1月10日
 値段   :310円
 購入箇所:銚子駅(臨時窓口)
 シリアルNo.:0120
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 名称   :ありがとうデハ1002号 運転記念
 発行社局:銚子電気鉄道
 発売日  :2015年1月10日
 値段   :210円
 購入箇所:銚子駅(臨時窓口)
 シリアルNo.:0099
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今年の正月明け早々に運行を終了し、最期はかつて営団時代の外装で運行を終了したデハ1002号、今でも仲ノ町の車庫に残っているのかもしれませんが、もう乗客を乗せて走行することはありません。
 
ラインナップに変化が生じている2015年夏の銚子電鉄になります。

2015.07.10

0036.【京王】3000系引退記念乗車券

長きにわたり、井の頭線の顔として活躍してきた3000系、引退の時を迎えました。
 
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 名称   :3000系引退記念乗車券
 発行社局:京王電鉄
 発売日  :2011年12月3日
 値段   :1,200円
 購入箇所:吉祥寺駅
 シリアルNo.:0044
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3000系引退記念乗車券 セット内容

 
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記念乗車券及び台紙

 
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付属のポストカード

 
長きにわたり井の頭線で活躍した京王3000系、1962年に第1編成が入線後1988年まで26年にもわたり細かい改良を繰り返しながらも増備が続きました。1984年でそれまでのグリーン車をすべて置き換え井の頭線すべての車両が3000系になり、1987年から1988年にかけてラッシュ時間帯の輸送力増強でさらに2編成が入線し、全29編成が揃いました。その後1991年に踏切事故に遭遇し修復不能になった先頭車1両を同一車番で新造していますので、それを含めますと実に30年近くも製造されてきたという、異例のロングセラーモデルになりました。
増備終了後、平成に入り現在のKEIOロゴが制定された時期に、側面にも前面と同色のラインが付けられ、1995年頃より後期車を対象にこの当時入線した1000系のサービス水準に合わせてリニューアルが行われ、前面がパノラミックウィンドになり、側面にも1000系のイメージに合わせて前面色の太いラインと同系色の細いラインが付加されました。リニューアル対象外となりオリジナルの湘南スタイルを堅持していた車両は2004年で運用を離脱し、その後はリニューアルを受けた車両が1000系とともに活躍してきましたが、井の頭線でもバリアフリー化やATC導入、そして輸送力増強を行うことから1000系の増備が行われ3000系は置き換えられていき、運用も朝ラッシュ時間帯でしか運用に就かないことが多くなってきました。
 
そして最後まで残っていた3000系、ライトブルー前面の3028Fが引退を迎えることになり2011年11月、主に休日ダイヤで昼間の定期運用で引退を記念したヘッドマークをつけて運転され、地元を中心に撮影し、乗車もしました。更には富士見ヶ丘車両基地で開催された引退記念イベントにも事前申込制で抽選でしたが、当選して参加することができました。そして12月に入って発売されたのがこの記念乗車券になります。
 
記念乗車券は封筒に入った立派な台紙に、3000系レインボーカラー7色をあしらった7枚のD型硬券による井の頭線急行停車駅と車両基地がある富士見ヶ丘駅からの乗車券がセットされており、台紙には在りし日の3000系の写真があしらわれています。またポストカードが2枚付属しており、1枚はさよなら運転中の3028F、もう1枚は改良工事前の渋谷駅で急行として出発を待っている狭幅片開きの3002Fがあしらわれています。長きにわたり井の頭線で親しまれた車両だけに、大変豪華なセットになっているように思えます。
 
京王3000系引退後は、京王れーるランドにラベンダーの前面を持つクハ3719号車が展示されています。この車両は1979年に入線した車両で、当初から先頭車もTS台車、側面に方向幕を装備していた車両です。また1996年にリニューアルが行われ、パノラミックウィンドの前面になっており、廃車時の姿で展示されています。この他多くの車両が地方私鉄に譲渡され再起しています。石川県の北陸鉄道、静岡県の岳南電車、群馬県の上毛電気鉄道、長野県のアルピコ交通、そして愛媛県の伊予鉄道に譲渡され、かの地で今も活躍しています。特に伊予鉄道では京王線で活躍した5000系と同じ線路を運転しており、京王時代にはあり得なかった並びが日常的に見ることができます。
 
京王3000系、井の頭線沿線で生まれ育った私にとって最も思い入れが深い車両といっても過言ではありません。親から聞いたところ、まだ幼いころ私が井の頭線某駅近くの親戚宅に行ったとき泣き止まなかったところ、近くの電車を見に行ったら泣き止んだという話があり、その時から活躍していたのが3000系、今の鉄道マニアの世界に知らずのうちに入り込んでいったきっかけとなった車両であり、その後も近くで眺めていたなど、京王3000系の思い出はとても多く、すべてを言い表すことはとてもできることではありません。この記念乗車券はそれだけの思いを持って買い求めたものです。
 
もうこの車両が井の頭線から姿を消して4年の歳月が流れようとしています。今の井の頭線のイメージを決定づけたのは、まさにレインボーカラーに彩られ活躍した3000系の功績であると確信するところであります。

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2011年11月 ありがとう!京王井の頭線3000系

  • Img_9050
    2011年12月、約49年にもわたり京王井の頭線で活躍してきた3000系、レインボーカラーに彩られ井の頭線のイメージを確立したこの車両も、ついに終焉となりました。最後の編成となったのはライトブルーの3028F、この編成は1987年に入線し活躍してきました。 末期には朝のラッシュ時間帯に運よく富士見ヶ丘~渋谷の1往復の運用にしか就かなくなってしまった3000系、2011年11月には「さよなら運転」として日曜日の昼間に井の頭線全線で運転され、最後の走りを披露しました。また11月20日には富士見ヶ丘車両基地において「ありがとう3000系フェスタ」も開催され、事前申込制であったこのイベントにも参加して、最後の姿を見てきました。井の頭線沿線で生まれ育ち、それこそこの車両の活躍をみて育ったと自負する私にとって、感慨深い月になった2011年11月、3000系最後の姿をぜひ皆様にご覧いただきたいと思います。

中央線201系

  • 2010101700
    JR中央線で約30年にもわたり活躍した201系、特に多摩地域においては、長きにわたり親しまれた車両で、私も小・中学生時代は遠足で、学生時代は通学で、そして社会人になってからも通勤などで利用したなじみ深い車両でした。時の国鉄が「省エネ電車」として中央線に導入された201系。そしてほとんどの車両が中央線から離れることなく、この路線で「オレンジバーミリオン」の外装で生涯を終えました。すでに引退して時が過ぎましたが、私が撮影した201系の思い出として、どうぞご覧下さい。

2002年100周年を迎えた江ノ電

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    2001年12月に初めてデジカメを購入して、翌年から1年間通った路線があります。藤沢から鎌倉を結ぶご存知江ノ電です。この年は江ノ電が開業して100周年という節目の年で、各車両にステッカーなどが付いています。また世代交代もあった年です。 自分の思い出アルバムの中から公開いたします。どうぞご覧下さい。

惜別 名鉄岐阜600V線区

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    2005年3月31日、惜しまれつつも廃止を迎えた名鉄岐阜市内線・揖斐線・美濃町線・田神線の総称「岐阜600V線区」。 私が初めて訪れたのは、1999年の夏のことでした。名古屋本線で新岐阜に着くと、駅前に停車していた電車に乗り、車の洪水の中を抜け、のどかな風景の中を走っていきました。
    その後2001年2月、そして2005年と何度か訪れたのですが、ついにこれら路線も命運が尽きてしまいました。そこで、名鉄岐阜600V線区で活躍していた古豪から最新鋭車まで、個性豊かな車両たちへの思い出をつづり、このアルバムを作成しました。
    このアルバムでは、2001年9月30日の運行をもって廃止となった谷汲線・揖斐線(黒野~本揖斐)のモ750も登場しています。いずれにしましても、今では思い出になってしまった、名鉄岐阜600V線区へのレクイエムです。 どうぞご覧下さい。

    お断り>
    今回のアルバムは、一部ポジプリントからスキャンしたもの、あるいは携帯電話内蔵カメラで撮影した画像も含まれています。特に1999年・2001年撮影のものはすべてポジプリントからのスキャンになります。つきましては画質にやや難があるものがあります。ご了承ください。