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2026.03.14

1629.【秩父鉄道】5000系電車装飾変更記念乗車券

かつては高層団地から都心へ向かう路線で活躍した車両、かの地で往年の姿が再現されました。

 

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 名称   :5000系電車装飾変更記念乗車券
 発行社局:秩父鉄道
 発売日  :2026年3月7日
 値段   :1,500円
 購入個所:ちちてつe-shop(Web販売)
 シリアルNo.:0310
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秩父鉄道で活躍している5000系、元都営三田線6000形車両を1999年に譲受して運転を開始しました。3両編成になり、側面に秩父鉄道の社紋プレートを装着した程度で、それ以外は都営時代と大きく変わらない姿で登場しました。4本12両が導入され、非冷房車であった2000系(元東急7000系の譲渡車)を置き換えました。2011年に1編成が踏切事故により大破したことから廃車となり、現在3編成が活躍しています。このほどかつての姿を再現した編成が登場したことから発売されました記念乗車券で、全3編成をあしらったC型硬券による乗車券3枚が台紙にセットされています。2026年3月7日より秩父鉄道主要駅で発売されたほか秩父鉄道Web内の通販サイトでも発売され、自分はWeb販売で購入し先日手元に届きました。

 

秩父鉄道5000系になった東京都交通局6000形は、6号線(1978年に三田線と改称)用車両として1968年の第1期開業(高島平・開業時は志村~巣鴨間)から運転を開始した車両になります。1969年に鉄道友の会よりローレル賞を受賞しています。その後路線の延伸とともに増備がなされ、後年の車体改修に合わせて冷房化された車両もあり秩父鉄道にやってきた車両はすべて冷房車となります。しかし車両の老朽化により1993年から導入された6300形により置き換えが始まり、その後目黒延伸・東急線と直通運転開始に備えワンマン運転化がなされることになったことから置き換えが急速に進み、都営三田線において6000形は1999年で最後の車両が引退を迎えています。その後一部の車両が秩父鉄道の他熊本電鉄や海を越えインドネシアに渡った車両もあります。しかし落成から50年前後を迎えかの地でも老朽化のため姿を消してきています。現存し稼働できる都営6000形車両は秩父鉄道の3編成の他、熊本電鉄の1編成だけであるとのことです。

 

秩父鉄道で往年の姿が再現された元都営三田線6000形、5001編成は都営での引退時の前面にも青帯がある姿をしていますが、5003編成は1988年頃までの前面の青帯を外した姿、5002編成は前面の帯を外すとともに側面の帯を赤色に変更しています。三田線開業時に導入された6000形は赤帯であったとのことですが、1970年頃から青帯に変更となっています。これは地下鉄各線にラインカラーが制定され当時の6号線は青色とされたことによります。よって現在秩父鉄道で運転されている元都営6000形である5000系は3編成すべて異なったスタイルで運転されていることになります。

 

秩父鉄道で今も運転されている元都営三田線6000形、都営三田線は当時高島平から先路線を延伸して東武東上線と、目黒まで延伸して東急線と直通運転を行うとして計画されました。高島平は戦後の高度成長期に高層住宅団地が建設され、都営6000形は通勤・通学の足として運転されてきました。巣鴨から先は都心方面へ順調に延伸されたかに見えましたが、1973年に三田まで延伸後はしばらくそこが終点という状態になってしまいました。一方高島平から先は都営地下鉄線として西高島平まで延伸したもののその先は建設されることはなく、一方目黒までは2000年に開業し東急目黒線と直通運転を開始していますがこの時点で6000形は引退しており、この車両が東武東上線方面・東急線方面への直通運転は幻となってしまいました。

紆余曲折があった都営三田線、それに翻弄された都営6000形であったかと思います。けれども乗り入れるはずであった東武東上線の終点は寄居でここで秩父鉄道と接続しており、かつては東武から直通運転もおこなわれていました。そして秩父鉄道ではこの車両で元東急7000系であった2000系を置き換えましたが、その後秩父鉄道には東急8500系が7000系として8090系が7500系として譲渡を受け主力車両として活躍しています。

 

往年の姿が再現された秩父鉄道の元都営三田線6000形であった5000系。かつてこの車両が活躍していた都営三田線では、この車両を置き換えた6300形が6500形に置き換えられ姿を消した編成があり、また東急目黒線が延伸し東急新横浜線として新横浜まで開業しここで相鉄新横浜線と直通運転を開始したことから、都営三田線に相鉄からYOKOHAMA NAVY BLUEをまとった21000系が乗り入れてくるという、6000形が活躍していた時代から大きく様変わりしています。

 

今もなお秩父の地で活躍している都営6000形であった秩父鉄道5000系、都営三田線で活躍していた姿がこうして再現されました。

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2011年11月 ありがとう!京王井の頭線3000系

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    2011年12月、約49年にもわたり京王井の頭線で活躍してきた3000系、レインボーカラーに彩られ井の頭線のイメージを確立したこの車両も、ついに終焉となりました。最後の編成となったのはライトブルーの3028F、この編成は1987年に入線し活躍してきました。 末期には朝のラッシュ時間帯に運よく富士見ヶ丘~渋谷の1往復の運用にしか就かなくなってしまった3000系、2011年11月には「さよなら運転」として日曜日の昼間に井の頭線全線で運転され、最後の走りを披露しました。また11月20日には富士見ヶ丘車両基地において「ありがとう3000系フェスタ」も開催され、事前申込制であったこのイベントにも参加して、最後の姿を見てきました。井の頭線沿線で生まれ育ち、それこそこの車両の活躍をみて育ったと自負する私にとって、感慨深い月になった2011年11月、3000系最後の姿をぜひ皆様にご覧いただきたいと思います。

中央線201系

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2002年100周年を迎えた江ノ電

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    2001年12月に初めてデジカメを購入して、翌年から1年間通った路線があります。藤沢から鎌倉を結ぶご存知江ノ電です。この年は江ノ電が開業して100周年という節目の年で、各車両にステッカーなどが付いています。また世代交代もあった年です。 自分の思い出アルバムの中から公開いたします。どうぞご覧下さい。

惜別 名鉄岐阜600V線区

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    2005年3月31日、惜しまれつつも廃止を迎えた名鉄岐阜市内線・揖斐線・美濃町線・田神線の総称「岐阜600V線区」。 私が初めて訪れたのは、1999年の夏のことでした。名古屋本線で新岐阜に着くと、駅前に停車していた電車に乗り、車の洪水の中を抜け、のどかな風景の中を走っていきました。
    その後2001年2月、そして2005年と何度か訪れたのですが、ついにこれら路線も命運が尽きてしまいました。そこで、名鉄岐阜600V線区で活躍していた古豪から最新鋭車まで、個性豊かな車両たちへの思い出をつづり、このアルバムを作成しました。
    このアルバムでは、2001年9月30日の運行をもって廃止となった谷汲線・揖斐線(黒野~本揖斐)のモ750も登場しています。いずれにしましても、今では思い出になってしまった、名鉄岐阜600V線区へのレクイエムです。 どうぞご覧下さい。

    お断り>
    今回のアルバムは、一部ポジプリントからスキャンしたもの、あるいは携帯電話内蔵カメラで撮影した画像も含まれています。特に1999年・2001年撮影のものはすべてポジプリントからのスキャンになります。つきましては画質にやや難があるものがあります。ご了承ください。