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2025年11月の2件の記事

2025.11.15

1621.【東京臨海高速】りんかい線71-000形運行開始記念乗車券

東京臨海高速鉄道の世代交代、これからを担う新型車両がデビューしました。

 

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 名称   :りんかい線71-000形運行開始記念乗車券
 発行社局:東京臨海高速鉄道
 発売日  :2025年11月15日
 値段   :1,900円
 購入箇所:大井町駅
 シリアルNo.:3784
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りんかい線の愛称がある東京臨海高速鉄道においては、開業時からの70-000形が老朽化してきたことから新型車両71-000形が登場し、本年2025年10月1日より運転を開始しています。それから1か月ほど過ぎて発売されました記念乗車券になります。

71-000形前面を表紙とし、製造から甲種輸送・試運転から出発式までの写真と車内や運転台など写真をあしらい諸元等を記載した台紙に、D型硬券によるりんかい線1日乗車券や片道乗車券が5枚セットされています。本日2025年11月15日より大崎を除くりんかい線各駅及びWeb上のりんかい線オフィシャルストアで発売が開始され、自分は早速大井町駅に向かいまして入手してきました。

 

りんかい線の新型車となる71-000形は、総合車両製作所で製造されステンレス標準車体「SUSTINA」を採用し、性能はJR東日本E233系と同等であるとのことです。車体だけですとJR東日本の山手線や横須賀・総武快速線で運転されているE235系の兄弟車といえるのかもしれません。外観はエメラルドグリーンのグラデーションで、りんかい線沿線の東京湾ウォーターフロントの水辺を表現しているとのことです。2025年10月1日より営業運転を開始し、りんかい線及び乗り入れるJR埼京線(大宮~川越間の川越線を含む)で運転されています。

 

デビューしたりんかい線71-000形、すでに2編成が入線し運転を開始しており2027年度までに全8編成が導入され70-000形を置き換えることになっています。

来年2026年で開業から30周年を迎える東京臨海高速鉄道において、世代交代が始まりました。

2025.11.08

1620.【京王】競馬場線開業70周年記念乗車券

「中央フリーウェイ」から「右に見える競馬場」へ向かう路線、開業から70周年を迎えました。

 

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 名称   :競馬場線開業70周年記念乗車券
 発行社局:京王電鉄
 発売日  :2025年11月8日
 値段   :1,000円
 購入箇所:新宿駅
 シリアルNo.:0202
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東京都府中市にある東京競馬場へのアクセスを担う京王競馬場線は、本年2025年4月29日で開業から70周年を迎えました。約半年ほど遅れて発売されました記念乗車券で、表紙は府中競馬正門前行きの初代5000系・裏表紙は競馬開催日に運転された臨時急行列車の運用に就いた1962年頃の2000系(先代)と競馬場線の路線図をあしらい、開くと開業時から競馬場線で運転されてきた列車や府中競馬正門前駅の写真があしらわれ、D型硬券によるKEIO地紋の京王線・井の頭線一日乗車券大人用がセットされています。本日2025年11月8日より新宿・東府中・府中の各駅と発売日の2025年11月8日に限り東京競馬場内に出展した京王ブースでも発売されたとのことです。本日の東京競馬場のメインレースが京王杯2歳ステークスであったこともあり、競馬場線70周年記念のキャンペーンと合わせての企画であったようです。競馬場線開業70周年企画は本年春ごろから開催されており、主に平日の競馬場線運用列車にヘッドマークの装着があり、夏ごろにスマートフォンの「京王アプリ」においてデジタルスタンプラリーが開催され自分も参加しましてクリアファイルとシールをいただきましたが、それから3か月程が過ぎまして記念乗車券発売となり、自分は新宿駅にて入手しました。

 

今から70年前の1955年4月29日に開業した京王競馬場線、京王線の東府中から分岐して府中競馬正門前を結ぶ1駅区間の路線となります。府中競馬正門前駅を降りますと、すぐ東京競馬場のメインゲートにつながる通路を通って競馬場内のスタンドに行くことができます。日本ダービーや天皇賞(秋)・ジャパンカップなど大レースが開催される我が国を代表する競馬場である東京競馬場、大変大きな競馬場でもあり開催日には大変多くの観客が訪れます。競馬はかつてはいわゆる賭博のイメージでしたが、その後大衆の娯楽となり、特に先述の大レース開催日には大変多くの老若男女が競馬場を訪れます。大変大きな歓声に包まれるレースが終了し「町の灯が やがてまたたきだす」頃の競馬場からの帰りの列車は、勝負に勝って意気揚々としている人とと、負けて肩を落としている人が乗車しているという悲喜こもごもの様相となっておりました。

 

京王では競馬場線開業時から競馬開催日には新宿から府中競馬正門前へ直通の臨時急行が運転されました。運転開始時は旧型車や2700系・2000系(先代)等では前面のサボ、2010系や初代5000系では装備されていた方向幕で府中競馬正門前行き列車には競走馬の蹄鉄が描かれており、競馬場に向かう列車であることをアピールしておりました。(この記念乗車券に初代5000系の府中競馬正門前行き前面方向幕があしらわれています。)競馬開催日運転の臨時急行列車はその後6000系・7000系・8000系となりましたが、特に1980年代から90年代にかけての競馬開催日に運転された臨時急行には7000系がよく充当されました。昨今旧塗装が復活した編成が登場して注目を集めている7000系ですが、この塗装時代の7000系は普通運用がメインで優等運用に入ることは稀であったのですが、競馬開催日には7000系の急行府中競馬正門前行きはよく見ることがありました。

これら臨時直通列車ですが、2001年のダイヤ改正から下り府中競馬正門前行きの設定はなくなり、帰り時間帯の新宿行き(新線新宿行きもある)特急・急行が設定されるのみとなり、代わって特急(2022年まで運転されていた準特急を含む)が競馬開催日に東府中駅に臨時停車し、この駅乗り換えで府中競馬正門前へ向かうようになり、この時は競馬場線内折り返し列車は増発となり8両編成列車での運転となりました。この列車についても2010年頃から一時期、都営新宿線車両が運用に就いていたことがありました。

 

ここまで、競馬開催日の競馬場線について記述しましたが、この路線の競馬開催のない主に平日の様子についても記したいと思います。競馬開催のない平日は20分ヘッドで東府中~府中競馬正門前の折り返し運転で、競馬開催日には大勢の利用がある府中競馬正門前駅の広いホームは閑散としています。開業時は単行運転、その後も2両編成でグリーン車から5000系非冷房の吊り掛け車の時代を経て、1980年代半ばごろから6000系2両編成で運転されておりました。1999年からはこの路線での2両編成列車はワンマン運転となり、6000系2両編成2編成がワンマン運転対応改造を行いほぼ専属で運転されていました。6000系末期の時代に登場時の臙脂帯に復刻された編成も2両編成でワンマン運転対応編成であったため、平日ダイヤの競馬場線で運転されていることがよくありました。

2011年の6000系引退後から現在はワンマン対応となった7000系2両編成で運転されています。最近では平日の府中競馬正門前駅は遠隔監視により無人駅になってしまいました。

また、平日の府中競馬正門前駅として特筆することとしまして、TVドラマやCMなどの撮影でよく使用されており、その方面の方々にとりまして知る人ぞ知る駅にもなっています。

 

こうして開業70周年を迎えた京王競馬場線ですが、この路線は営業キロにして0.9キロと大変短い路線で、東京競馬場芝コース周回距離の半分にも満たない路線であり、それこそ「夜空に続く滑走路」にもなることはできない路線であるかと思います。けれども競馬の歴史に残る名馬たちによる多くの名勝負が繰り広げられたコースと、熱狂と興奮の坩堝へいざなった路線であります。これからもこの地に競馬場がある限り、京王競馬場線の役割は変わることはないでしょう。

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2011年11月 ありがとう!京王井の頭線3000系

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    2011年12月、約49年にもわたり京王井の頭線で活躍してきた3000系、レインボーカラーに彩られ井の頭線のイメージを確立したこの車両も、ついに終焉となりました。最後の編成となったのはライトブルーの3028F、この編成は1987年に入線し活躍してきました。 末期には朝のラッシュ時間帯に運よく富士見ヶ丘~渋谷の1往復の運用にしか就かなくなってしまった3000系、2011年11月には「さよなら運転」として日曜日の昼間に井の頭線全線で運転され、最後の走りを披露しました。また11月20日には富士見ヶ丘車両基地において「ありがとう3000系フェスタ」も開催され、事前申込制であったこのイベントにも参加して、最後の姿を見てきました。井の頭線沿線で生まれ育ち、それこそこの車両の活躍をみて育ったと自負する私にとって、感慨深い月になった2011年11月、3000系最後の姿をぜひ皆様にご覧いただきたいと思います。

中央線201系

  • 2010101700
    JR中央線で約30年にもわたり活躍した201系、特に多摩地域においては、長きにわたり親しまれた車両で、私も小・中学生時代は遠足で、学生時代は通学で、そして社会人になってからも通勤などで利用したなじみ深い車両でした。時の国鉄が「省エネ電車」として中央線に導入された201系。そしてほとんどの車両が中央線から離れることなく、この路線で「オレンジバーミリオン」の外装で生涯を終えました。すでに引退して時が過ぎましたが、私が撮影した201系の思い出として、どうぞご覧下さい。

2002年100周年を迎えた江ノ電

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    2001年12月に初めてデジカメを購入して、翌年から1年間通った路線があります。藤沢から鎌倉を結ぶご存知江ノ電です。この年は江ノ電が開業して100周年という節目の年で、各車両にステッカーなどが付いています。また世代交代もあった年です。 自分の思い出アルバムの中から公開いたします。どうぞご覧下さい。

惜別 名鉄岐阜600V線区

  • 2005032101
    2005年3月31日、惜しまれつつも廃止を迎えた名鉄岐阜市内線・揖斐線・美濃町線・田神線の総称「岐阜600V線区」。 私が初めて訪れたのは、1999年の夏のことでした。名古屋本線で新岐阜に着くと、駅前に停車していた電車に乗り、車の洪水の中を抜け、のどかな風景の中を走っていきました。
    その後2001年2月、そして2005年と何度か訪れたのですが、ついにこれら路線も命運が尽きてしまいました。そこで、名鉄岐阜600V線区で活躍していた古豪から最新鋭車まで、個性豊かな車両たちへの思い出をつづり、このアルバムを作成しました。
    このアルバムでは、2001年9月30日の運行をもって廃止となった谷汲線・揖斐線(黒野~本揖斐)のモ750も登場しています。いずれにしましても、今では思い出になってしまった、名鉄岐阜600V線区へのレクイエムです。 どうぞご覧下さい。

    お断り>
    今回のアルバムは、一部ポジプリントからスキャンしたもの、あるいは携帯電話内蔵カメラで撮影した画像も含まれています。特に1999年・2001年撮影のものはすべてポジプリントからのスキャンになります。つきましては画質にやや難があるものがあります。ご了承ください。