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2017.03.08

0779.【小田急】ロマンスカー3000形メモリアル さよならロマンスカード

日本の鉄道の歴史の大きな足跡を残した車両。ラストランを迎えることになり発売されたアイテムになります。
 
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 名称   :ロマンスカー3000形メモリアル さよならロマンスカード
 発行社局:小田急電鉄
 発売日  :1992年3月--日
 値段   :1,000円
 購入箇所:新宿駅
 シリアルNo.:1507
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1992年3月8日、この日の運転がラストランになった車両は、小田急ロマンスカー3000形SE車になります。1957年に登場したこの車両は、流線形の車体に8両連接という高速走行に適した画期的な車両で登場間もなく東海道線で走行試験を行い当時の狭軌世界最高記録である145㎞/hを樹立、小田急ロマンスカーの名を世間に広く知らしめた車両になり、翌年1958年に鉄道友の会より第1回ブルーリボン賞が贈られました。その後1968年に御殿場線が電化されることになり、8両連接から5両連接に改造され前面形状も変更され「あさぎり」として新宿から御殿場を結ぶ列車として運転されてきましたが、寄る年波には勝てず1991年3月15日をもって定期運用を終了、その後も団体列車などに使用するため残されていましたが引退することになり、1992年3月8日に新宿から唐木田までの走行会が最後の運行となりました。
 
ここに公開しましたものは、3000形SE車ラストランを記念して発売されたこの当時小田急の券売機等できっぷを購入することができたプリペイドカード「ロマンスカード」で発売され、現役で「あさぎり」で運行されていた姿をあしらい、台紙は表紙をこの車両デビュー時のパンレットをイメージし、3000形SEラストランに向けてのメッセージが記載されています。自分はこの最終運行に乗車しようと申し込んだのですが、満席になり乗車することはできませんでした。現役当時も「あさぎり」で新宿~御殿場を乗車した1度きりとなってしまいました。
 
引退した3000形SE車ですが、1編成が海老名車両基地に専用の庫に収められて保存されています。新宿方2両は登場時の姿、小田原方3両は「あさぎり」で活躍した改造後の姿になっています。以前鉄道の日シーズンに開催されたイベントで公開していたのですが、最近はそれもなくなったようです。
 
小田急のみならず日本の鉄道の歴史に大きな足跡を残した小田急ロマンスカー3000形SE車、ラストランを行い多くの人々に活躍の日の思い出を残してから四半世紀が過ぎました。

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2011年11月 ありがとう!京王井の頭線3000系

  • Img_9050
    2011年12月、約49年にもわたり京王井の頭線で活躍してきた3000系、レインボーカラーに彩られ井の頭線のイメージを確立したこの車両も、ついに終焉となりました。最後の編成となったのはライトブルーの3028F、この編成は1987年に入線し活躍してきました。 末期には朝のラッシュ時間帯に運よく富士見ヶ丘~渋谷の1往復の運用にしか就かなくなってしまった3000系、2011年11月には「さよなら運転」として日曜日の昼間に井の頭線全線で運転され、最後の走りを披露しました。また11月20日には富士見ヶ丘車両基地において「ありがとう3000系フェスタ」も開催され、事前申込制であったこのイベントにも参加して、最後の姿を見てきました。井の頭線沿線で生まれ育ち、それこそこの車両の活躍をみて育ったと自負する私にとって、感慨深い月になった2011年11月、3000系最後の姿をぜひ皆様にご覧いただきたいと思います。

中央線201系

  • 2010101700
    JR中央線で約30年にもわたり活躍した201系、特に多摩地域においては、長きにわたり親しまれた車両で、私も小・中学生時代は遠足で、学生時代は通学で、そして社会人になってからも通勤などで利用したなじみ深い車両でした。時の国鉄が「省エネ電車」として中央線に導入された201系。そしてほとんどの車両が中央線から離れることなく、この路線で「オレンジバーミリオン」の外装で生涯を終えました。すでに引退して時が過ぎましたが、私が撮影した201系の思い出として、どうぞご覧下さい。

2002年100周年を迎えた江ノ電

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    2001年12月に初めてデジカメを購入して、翌年から1年間通った路線があります。藤沢から鎌倉を結ぶご存知江ノ電です。この年は江ノ電が開業して100周年という節目の年で、各車両にステッカーなどが付いています。また世代交代もあった年です。 自分の思い出アルバムの中から公開いたします。どうぞご覧下さい。

惜別 名鉄岐阜600V線区

  • 2005032101
    2005年3月31日、惜しまれつつも廃止を迎えた名鉄岐阜市内線・揖斐線・美濃町線・田神線の総称「岐阜600V線区」。 私が初めて訪れたのは、1999年の夏のことでした。名古屋本線で新岐阜に着くと、駅前に停車していた電車に乗り、車の洪水の中を抜け、のどかな風景の中を走っていきました。
    その後2001年2月、そして2005年と何度か訪れたのですが、ついにこれら路線も命運が尽きてしまいました。そこで、名鉄岐阜600V線区で活躍していた古豪から最新鋭車まで、個性豊かな車両たちへの思い出をつづり、このアルバムを作成しました。
    このアルバムでは、2001年9月30日の運行をもって廃止となった谷汲線・揖斐線(黒野~本揖斐)のモ750も登場しています。いずれにしましても、今では思い出になってしまった、名鉄岐阜600V線区へのレクイエムです。 どうぞご覧下さい。

    お断り>
    今回のアルバムは、一部ポジプリントからスキャンしたもの、あるいは携帯電話内蔵カメラで撮影した画像も含まれています。特に1999年・2001年撮影のものはすべてポジプリントからのスキャンになります。つきましては画質にやや難があるものがあります。ご了承ください。