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2017.03.04

0763.【阪急】自動改札機実用化・南千里-北千里間延伸開業50年 記念入場券

今や大都市圏の各駅のみならず、地方都市の主要駅において欠かせなくなっている機械、実用化から半世紀という年月が流れました。
 
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 名称   :自動改札機実用化・南千里-北千里間延伸開業50年 記念入場券
 発行社局:阪急電鉄
 発売日  :2017年3月1日
 値段   :600円
 購入箇所:北千里駅
 シリアルNo.:4081
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今から50年前の1967年3月1日、今の阪急電鉄千里線、当時は京阪神急行電鉄の千里山線はこの日より新千里山から駅名を変更した南千里から北千里までの区間が延伸開業しました。当初は新千里山から箕面線の桜井を目指して延伸予定であったそうなのですが、千里ニュータウンの開発に伴い大阪府から要請を受けて北千里へ延伸、同時に千里山線から千里線へ線名を変更しました。なお、この当時は現在南千里-北千里間にある山田駅は未開業でした。
 
この時開業した北千里駅においては、世界初のシステムが導入され注目を集めました。それは自動改札システムになります。現在多くの駅で導入されている自動改札機が初めて実用化された駅となりました。
北千里駅開業時には、自動改札機が普通券用と定期券用で計10台設置され、券売機及び両替機等も導入された当時の出改札業務を自動化したことでも大変大きな話題となりました。この当時は券売機で発行していた乗車券は硬券であったそうで、その裏面に特殊印刷によりきっぷの情報を符号で記載しており、定期券についてはプラスチック製で券面に印字後光学式に読み取るため、定期券せん孔機という装置で自動改札機で読み取れるように穴を開けて発行していたようです。ニュータウンに開業した新駅において自動改札機は象徴的なものとなりました。
 
その後、まずは関西私鉄・地下鉄で導入が進み、関東でも1990年代頃よりJRを皮切りに私鉄各社に普及していった自動改札機、このシステムは2007年にアメリカに本部がある世界最大の電気・電子技術者による学会IEEEによるIEEEマイルストーンに認定されました。北千里駅には、その銘板が設置されています。
 
千里線北千里延伸及び自動改札機実用化50年を記念して、北千里駅でこのような記念入場券が発売されました。北千里駅及び南千里駅の硬券入場券3枚と、北千里駅開業時の乗車券の複製券がセットされ、北千里延伸時の様子やこの駅で初めて導入された自動改札機があしらわれています。なお、北千里駅開業時の乗車券の複製券は模擬券になりますので、乗車券等の効力はありません。また各きっぷ類は、京阪神急行電鉄と称していた時代の地紋が再現されています。
 
千里ニュータウンの開発に伴い開業した阪急千里線の終点となった北千里駅、そしてこの駅で初めて導入され広く普及した自動改札機、導入から半世紀という佳節を迎えました。日頃は何気なく接している機器でありますが、その実用化から50年という佳節にも着目したアイテムであると思います。このために北千里駅まで行って購入し、ちょうど50周年を記念したパネル展示を見てきた価値はあったと思っております。

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2011年11月 ありがとう!京王井の頭線3000系

  • Img_9050
    2011年12月、約49年にもわたり京王井の頭線で活躍してきた3000系、レインボーカラーに彩られ井の頭線のイメージを確立したこの車両も、ついに終焉となりました。最後の編成となったのはライトブルーの3028F、この編成は1987年に入線し活躍してきました。 末期には朝のラッシュ時間帯に運よく富士見ヶ丘~渋谷の1往復の運用にしか就かなくなってしまった3000系、2011年11月には「さよなら運転」として日曜日の昼間に井の頭線全線で運転され、最後の走りを披露しました。また11月20日には富士見ヶ丘車両基地において「ありがとう3000系フェスタ」も開催され、事前申込制であったこのイベントにも参加して、最後の姿を見てきました。井の頭線沿線で生まれ育ち、それこそこの車両の活躍をみて育ったと自負する私にとって、感慨深い月になった2011年11月、3000系最後の姿をぜひ皆様にご覧いただきたいと思います。

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    2001年12月に初めてデジカメを購入して、翌年から1年間通った路線があります。藤沢から鎌倉を結ぶご存知江ノ電です。この年は江ノ電が開業して100周年という節目の年で、各車両にステッカーなどが付いています。また世代交代もあった年です。 自分の思い出アルバムの中から公開いたします。どうぞご覧下さい。

惜別 名鉄岐阜600V線区

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    2005年3月31日、惜しまれつつも廃止を迎えた名鉄岐阜市内線・揖斐線・美濃町線・田神線の総称「岐阜600V線区」。 私が初めて訪れたのは、1999年の夏のことでした。名古屋本線で新岐阜に着くと、駅前に停車していた電車に乗り、車の洪水の中を抜け、のどかな風景の中を走っていきました。
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    このアルバムでは、2001年9月30日の運行をもって廃止となった谷汲線・揖斐線(黒野~本揖斐)のモ750も登場しています。いずれにしましても、今では思い出になってしまった、名鉄岐阜600V線区へのレクイエムです。 どうぞご覧下さい。

    お断り>
    今回のアルバムは、一部ポジプリントからスキャンしたもの、あるいは携帯電話内蔵カメラで撮影した画像も含まれています。特に1999年・2001年撮影のものはすべてポジプリントからのスキャンになります。つきましては画質にやや難があるものがあります。ご了承ください。