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2015.09.04

0124.【JR西日本】関西国際空港開港記念入場券(関空快速)

関西国際空港開港にあたり、JR西日本では特急列車の他に一般列車として快速列車も設定されました。こちらについても記念入場券が発売されました。
 
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 名称   :関西国際空港開港記念入場券(関空快速)
 発行社局:西日本旅客鉄道
 発売日  :1994年9月4日
 値段   :980円
 購入箇所:大阪駅
 シリアルNo.:0560
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関西国際空港へのアクセス列車で、一般列車として運転を開始したのが「関空快速」という列車になります。車両は関空快速用の車両として223系が用意されました。なお223系自体は関西空港開港前から阪和線内の快速などでも運転されていましたが、空港開港により活躍の場が広がったということになります。
関空快速は、大部分が天王寺より大阪環状線に直通して京橋駅始発とされました。このような運転方はすでに大和路線の大和路快速等ですでに運転されていましたが、大阪から先も途中駅には停車しないで京橋で折り返すという運転方法でした。また、運転開始当時は8両編成のうち6両が大阪駅方面に向かい2両は新今宮からそのまま大和路線に入ってJR難波発着として設定されました。JR難波駅は、もともとは湊町駅と称しておりましたが、関西空港開港に合わせてこの駅より関空快速が運転されることから知名度等も考慮してJR難波と改称されました。
と、いうことでこの記念入場券の駅は関西空港駅と大阪環状線内の停車駅である天王寺・新今宮・弁天町・西九条。大阪・京橋と、この列車のもう一つの始発駅であるJR難波駅のものがつづられております。なお、このアイテムは大阪駅で購入しましたが、JR難波駅での駅名変更関連のアイテムは発売されませんでしたので、この記念入場券が駅名変更を示すものとなります。
 
ということで、この列車も運転を開始してから21年が過ぎました。運転系統や停車駅は変遷がありましたが、現在ではJR難波発着の列車はなくなり、全列車が大阪環状線に直通し、大阪駅に到着後は普通列車としてそのまま大阪環状線を天王寺駅まで運転し、また編成も6両+2両から変遷のうえ4両+4両になり、天王寺・大阪~日根野間は和歌山行きの快速である「紀州路快速」と併結して運転されており、車両も223系の他225系も登場し併結運転も行っております。
 
関西国際空港へのアクセス快速である「関空快速」、そして和歌山を結ぶ「紀州路快速」として、現在も活躍している223系であります。

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2011年11月 ありがとう!京王井の頭線3000系

  • Img_9050
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    お断り>
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