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2015.07.09

0032.【西武】さよなら351系電車記念乗車券・レオカード

最近、西武池袋線では赤い電車が登場して人気になっています。その昔、西武の赤い電車といえば旧型車のことを言っていました。通称赤電と呼ばれた最後の車両の記念アイテムになります。

 

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 名称   :さよなら351系電車記念乗車券
 発行社局:西武鉄道
 発売日  :1990年6月‐‐日
 値段   :500円
 購入箇所:国分寺駅
 シリアルNo.:0374
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記念乗車券台紙の表紙と裏表紙

 
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西武351系は1954年に501系としてデビューした車両になります。吊り掛け駆動車ではありましたが、前面はこの当時流行していた湘南型というスタイルをしています。西武鉄道ではこの車両で初めて取り入れられた湘南スタイルを後年まで改良を加えながら使用を続けました。登場時は4両編成で両端の制御電動車モハ501型が17m車、中間の付随車サハ1501型は20mというちぐはぐな編成であったとされています。やがて電動車も大型20m車が登場しますと17mの制御電動車は追われるようになり、車両形式もモハ501型からクモハ411型そしてクモハ351型と改番が行われました。
 
西武の赤電は1960年代まで導入されましたが、後年赤電色をまとって登場した701系や801系などは冷房化などが行われて黄色塗装の車体になりました。その後残った赤電車両は本線系統から追われ支線のローカル運転に使用されるようになりましたが、やがてこれら支線運用にも黄色塗装の車両が進出してきたことから、赤電車両は姿を消していきました。その赤電塗装で最後まで残ったのが、17mの小型車体であった351系でした。
 
351系が最後まで運転されていたのは多摩湖線の国分寺~萩山間で、この当時の運転ダイヤは萩山~西武遊園地間は本線系統からの直通もあり区間運転列車も小平発着で運転されていた一方、国分寺~萩山間は国分寺駅が17m車両3両分しかホームの有効長がなかったことから、クモハ351型と中間に戦前製の国電車両が元というサハ1311型を組み込んだ3両編成で運転を行っていました。20m級の車両を入れると2両までしか入れないことになってしまうため、小型で真っ先に本線系統から姿を消したはずの351系が、奇しくも最後まで残った赤電となりました。
 
西武351系は小学校の時の遠足で多摩湖へ行ったときに乗車した思い出があり、その後も数回乗車した記憶があります。 
この記念乗車券は、用事で出かけた先で寄った書店で見た鉄道雑誌に記事があり、ちょうどその日がこの記念きっぷの発売日であったことから、用事を済ませてから国分寺に向かい記念乗車券を購入し、その後おわかれのヘッドマークをつけていた351系列車に乗車しました。
 
記念乗車券はこのように車両のイラストが入った硬券で発売されましたが、同時にプリペイドカードも発売されていました。これは後年、入手することができました。
 
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 名称   :さよなら351系電車記念レオカード
 発行社局:西武鉄道
 発売日  :1990年6月‐‐日
 値段   :1,000円
 シリアルNo.:04142
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西武鉄道でこの当時発行されていたカードはレオカードと称し、西武線各駅の券売機等で乗車券が購入できるプリペイドカードでした。
 
今から四半世紀前まで、最後は多摩湖線国分寺~萩山間で運転されていた西武351系、現在クモハ355が登場時の番号であるモハ505として外装もこの車両が登場した当時の黄色と茶色のツートンカラーになった姿で、西武秩父線の横瀬で保存されています。横瀬では、毎年10月ごろにイベントが開催されこの車両も公開されます。
 
今となっては思い出のかなたへ行ってしまった西武赤電になります。

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西暦1990年(平成2年)発売」カテゴリの記事

コメント

懐かしい記念乗車券を拝見いたしました
実はこの硬券の赤電のイラストは私がデザイン会社時代に描きました
36年前のまだコンピューターが出る前に黒いペン書きで描いたものに
印刷所が赤色を載せて完成したものです
切符自体が有価証券扱いになるため色校も見れず
人気商品のため購入もできませんでした

長い時を経て見ることができました

ありがとうございました

ラパーマ様、ご来訪いただきまして、ありがとうございます。

この記念乗車券の券面に描かれているイラストをデザインされたとのことで、貴重なお話であるかと思います。おっしゃるとおりで、当時も売り切れるのが早かったと記憶しております。また、その時代ですとペン書きの下絵に印刷所で赤を着色したものだったのですね。今やコンピューターは当たり前として、生成AIなどで本物と見間違うような画像も描けるというところまで技術が進歩していますので、もう隔世の感があるのではないかと思います。ちなみに自分がこの記念乗車券を購入したときは、まだ高校生でした。
 
思えばこの記念乗車券も記事にアップした段階で25年以上が過ぎており、記事公開からも10年以上が過ぎております。それこそ西武351系が最後は多摩湖線国分寺~萩山間で運転されていた時代に実際に乗ったことがあるという人も減ってきているのではないかと思うとともに、この記念乗車券台紙の中面に掲載されている「本町信号所」は、今では機能を停止しており列車の行き違いはできなくなっています。それだけの時が流れたことを感じるところです。
 
弊ブログは、自分の記念きっぷ類コレクションを公開しております。よろしければ、これからもご来訪をお待ちいたしております。

Kaz-T さん
返信ありがとうございます
この乗車券載せられてからずいぶん経つのですね
私がネットで探していたのは2000年ぐらいでした、でも見つけられませんでした
なかばあきらめていたのですが現在少し時間に余裕ができて探したところ
このサイトを見つけました懐かしくてやっと見ることができました

お礼にあまり面白くないかもしれませんが
この、切符ができるまでのプロセスを載せてみます
ご存じかもしれませんが西武鉄道はバブル期西武グループとしてかなりの力を持っていました
記念乗車券等のデザインも自社のデザイン部門ですべてこなしていました
ただ、印刷は証券印刷ができる会社に頼むしかありません
私は小さなデザイン会社のイラストレータで別件でその印刷会社に訪れていた時でした
印刷会社の担当が電話で揉めていました
話を耳をすまして聞いてみると「これじゃ売れない・・」とか「イレストぐらい入れないと・・」
とか最終的にこっちで勝手にやりますけどいいですね
と電話を切ってお茶を飲んで待っていた私のところにきてデザイン画を見せてきました
それがこの乗車券のラフデザインでした私がそのデザインを見てみると
見てよこれ絶対売れないってと言って硬券を指刺しました
その時見た硬券は文字だけが載っていました、これじゃ売れないから硬券にもイラストを
入れてくれって言ったら今日の夕方までには無理だって言いやがったとご立腹
時間は午後3時そりゃ無理だよなと思っていると2時間でイラスト描いてくれるのが
いるから勝手にやってもいいかと言ってら「どうぞ」って言いやがった
私はその会話も凄いけど2時間で描く人がいるのか・・なんて思っていたら
一言「お前だよ」・・お茶吹くかと思いました
これが、私がこの乗車券のイラストを描くことになった経緯です
実はこのイラストは切符に収まるほどの小ささですが
原画はA4番ぐらいの大きさで描かれています
それを紙焼きと言う機械で縮小して版下に張り込み完成させました
通常、縮小は印刷を行うのですが時間がないので原寸で張り込んだはずです

つまらないことをダラダラ書いて申し訳ありません

あと、もしご存じでしたら同じころに発売された江ノ電の「さよなら記念乗車券」
私は鉄道に詳しくないので何とか系はわからないのですが
特徴は旧型車両から新型車両に帽子を渡しているイラストのものです
Kaz-TさんのHPも見せていただきましたがよくわかりませんでした
もし、何か情報をお持ちでしたらお教えください

ラパーマ


ラパーマ様、重ねましてのコメントをいただきまして、ありがとうございます。

当時の裏話的なことに言及されておりますが、時代は平成の始め、今からすれば無茶苦茶な話ではありますが、それがまかり通っていたという時代でもあったのですね。それだけ大変な想いをされたことを感じました。記念きっぷができるまでの企画・制作部分の話はなかなか表には出ないことかと存じますので、これも貴重なお話であるかと思います。コメントされておりますとおり1990年代の西武鉄道は時代背景もありまさに「あれも、これも、かなう。」という絶頂期であったことは間違いなく、それだけ記念乗車券にも力を入れていたのかなと感じるところです。
 
すでに引退して36年が過ぎてしまった西武351系ですが、ここにきましてこの時期恒例となったJR東日本八王子支社・京王電鉄・西武鉄道3社合同企画で本年はスマートフォンアプリ「エキタグ」を使用したデジタルスタンプラリーが開催され、西武鉄道の指定駅を回って取得できる記念スタンプに351系があしらわれています。今や伝説になってしまった感もある351系がここに来まして注目されているという状況があるようです。
 
コメント内で質問されております江ノ電の「旧型車両から新型車両に帽子を渡しているイラスト」という特徴がある記念乗車券ですが、弊ブログにおきまして2017年8月13日付で公開しております以下の記事のアイテムが該当するのではないかと思います。
 
1048.【江ノ電】こんにちは2002号 さようなら306号 記念乗車券
https://rainbow-line.way-nifty.com/collection/2017/08/10492002306-696.html
発売は1991年4月1日となっております。
 
ぜひ、上記リンクよりご確認をいただけますと幸いです。

Kaz-Tさん
情報ありがとうございます
はい、間違いなくこの乗車券です

貴重な情報をありがとうございます
実は、教えていただいた情報で検索をかけたところヤフオクでパッケージはありませんが
乗車券を3枚組で売っている人がいました思わず入札
本日、届きましたちょっと本物が見れてうれしかったです

このイラストもなかなか通らず大変だったのが思い出されます

本当に貴重な情報をありがとうございました

ラパーマ

ラパーマ様、コメントをありがとうございます。
こちらこそ、ラパーマ様の関わったアイテムであったことで何よりです。オークションで入手されたとのことで、思い出の作品に再開できたこと、ひとしおなのではないかと存じます。
これからも、ご来訪をお待ちいたしております。

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2011年11月 ありがとう!京王井の頭線3000系

  • Img_9050
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    2005年3月31日、惜しまれつつも廃止を迎えた名鉄岐阜市内線・揖斐線・美濃町線・田神線の総称「岐阜600V線区」。 私が初めて訪れたのは、1999年の夏のことでした。名古屋本線で新岐阜に着くと、駅前に停車していた電車に乗り、車の洪水の中を抜け、のどかな風景の中を走っていきました。
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    お断り>
    今回のアルバムは、一部ポジプリントからスキャンしたもの、あるいは携帯電話内蔵カメラで撮影した画像も含まれています。特に1999年・2001年撮影のものはすべてポジプリントからのスキャンになります。つきましては画質にやや難があるものがあります。ご了承ください。