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2015.07.08

0030.【小田急】さよなら3100形メモリアルロマンスカード

今から16年前の夏の始まりのときに、多くの人に見送られてその運行に終止符を打った名車がありました。
 
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 名称   :さよなら3100形メモリアルロマンスカード
 発行社局:小田急電鉄
 発売日  :1999年7月16日
 値段   :1,000円
 購入箇所:新宿駅
 シリアルNo.:00680
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1999年7月、多くの人々に親しまれた名車が最終運行を行いました。小田急ロマンスカー3100形NSE車です。
この車両は1963年に登場し、ロマンスカー車両としては初めて展望席を設け11両連接の車両として、箱根湯本へむけて走るはこね号など、小田急の看板車両として君臨してきた車両になります。初代3000形SE車に続いて登場した車両であるため、NSE車という名称で親しまれていた車両になります。私も小田急ロマンスカーで絵本などで初めて見たのがこの車両で、やがて実車にも乗車する機会を得ることができ、大変多くの思い出がある車両になります。
 
このアイテムはロマンスカードと称して、小田急線各駅の券売機や特急券売機等で乗車券や特急券などを購入することができたプリペイドカードになります。
 
多くの人々に親しまれたロマンスカー3100形NSE車でしたが、末期になりますと後に登場した車両と比較してどうしても設備面で劣る部分があったのは否めないところではありましたが、最後までその輝きが褪せることはなかったのではないかと思います。この車両の最終運行は平日の金曜日で、下りが新宿発小田原行きの臨時さがみ号で、上りは箱根湯本発新宿行きの臨時あしがら号で運転されました。私は運よく、下りの臨時さがみ号に乗ることができましたので、長きにわたり親しまれた3100形NSE車の最後の乗車を体験してきました。新宿駅・小田原駅、更には沿線各所には大勢の人が訪れ、名車の最後の走りを思い思いに堪能していました。
 
また、最終運行日となった1999年3月16日には、新宿駅において記念入場券の発売もありました。
 
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 名称   :さよなら3100形記念入場券
 発行社局:小田急電鉄
 発売日  :1999年7月16日
 値段   :130円
 購入箇所:新宿駅
 シリアルNo.:3669
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引退後の3100形ですが、最終運行に使用された編成が喜多見車両基地の奥に6両編成に短縮された状態で保存されているようです。また小田急小田原線の開成駅前にも先頭車が保存展示されています。
 
もうこの車両の引退から16年という歳月が流れてしまいました。この車両の精神を受け継いだ後継車が走る小田急ロマンスカー、その名を築いた名車といえるかと思います。

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2011年11月 ありがとう!京王井の頭線3000系

  • Img_9050
    2011年12月、約49年にもわたり京王井の頭線で活躍してきた3000系、レインボーカラーに彩られ井の頭線のイメージを確立したこの車両も、ついに終焉となりました。最後の編成となったのはライトブルーの3028F、この編成は1987年に入線し活躍してきました。 末期には朝のラッシュ時間帯に運よく富士見ヶ丘~渋谷の1往復の運用にしか就かなくなってしまった3000系、2011年11月には「さよなら運転」として日曜日の昼間に井の頭線全線で運転され、最後の走りを披露しました。また11月20日には富士見ヶ丘車両基地において「ありがとう3000系フェスタ」も開催され、事前申込制であったこのイベントにも参加して、最後の姿を見てきました。井の頭線沿線で生まれ育ち、それこそこの車両の活躍をみて育ったと自負する私にとって、感慨深い月になった2011年11月、3000系最後の姿をぜひ皆様にご覧いただきたいと思います。

中央線201系

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    JR中央線で約30年にもわたり活躍した201系、特に多摩地域においては、長きにわたり親しまれた車両で、私も小・中学生時代は遠足で、学生時代は通学で、そして社会人になってからも通勤などで利用したなじみ深い車両でした。時の国鉄が「省エネ電車」として中央線に導入された201系。そしてほとんどの車両が中央線から離れることなく、この路線で「オレンジバーミリオン」の外装で生涯を終えました。すでに引退して時が過ぎましたが、私が撮影した201系の思い出として、どうぞご覧下さい。

2002年100周年を迎えた江ノ電

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    2001年12月に初めてデジカメを購入して、翌年から1年間通った路線があります。藤沢から鎌倉を結ぶご存知江ノ電です。この年は江ノ電が開業して100周年という節目の年で、各車両にステッカーなどが付いています。また世代交代もあった年です。 自分の思い出アルバムの中から公開いたします。どうぞご覧下さい。

惜別 名鉄岐阜600V線区

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    2005年3月31日、惜しまれつつも廃止を迎えた名鉄岐阜市内線・揖斐線・美濃町線・田神線の総称「岐阜600V線区」。 私が初めて訪れたのは、1999年の夏のことでした。名古屋本線で新岐阜に着くと、駅前に停車していた電車に乗り、車の洪水の中を抜け、のどかな風景の中を走っていきました。
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    お断り>
    今回のアルバムは、一部ポジプリントからスキャンしたもの、あるいは携帯電話内蔵カメラで撮影した画像も含まれています。特に1999年・2001年撮影のものはすべてポジプリントからのスキャンになります。つきましては画質にやや難があるものがあります。ご了承ください。