カテゴリー「シリーズJR四国」の16件の記事

2008.05.03

JR四国ではまもなく終焉を迎えるキハ58系

長々と掲載してきました、ゴールデンウィーク前半の四国旅行記も、この記事で最後となりました。最後はJR四国ではまもなく終焉を迎える車両です。

四国エリアでは、特急列車の設定が比較的遅かったことから、急行列車が花形列車として運転されていました。その車両こそ全国的に見ることができたキハ58系と呼ばれる車両です。その後急行列車廃止に伴いローカル列車に使用されるようになりました。しかし寄る年波には勝てず徐々に姿を消して行き、JR四国ではついに今年中に全車引退ということになりました。

今年3月ダイヤ改正では、引退を見越してかその運用はごく限られたものになり、松山エリアと高知エリアで細々と運転している状況になってしまいました。今回、松山でキハ58系充当列車を撮影することができました。

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到着するキハ58系 普通列車 2008年4月29日 松山で筆者撮影

もうJR四国では残りわずかになったキハ58系になります。松山エリアでは松山~八幡浜に1往復が残っているのみで、下り八幡浜行きは早朝になることから上りの松山行きを撮影することとしましたが、この列車は宇和島始発で、八幡浜でキハ58系を増結する列車になります。よって、到着したこの列車は3両編成で最後尾はキハ54でした。

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2008年4月29日 松山で筆者撮影

松山エリアのキハ58系は、キハ58+キハ65の2両編成が基本のようです。キハ65はキハ58系を改良した車両で本来であればこの系列に含めるべきではないのかもしれませんが、実質上キハ58系と混合で使用されてきたことからキハ58系に含めることとしました。

松山では、ホームから見える位置に別のキハ58系が留置していましたので、こちらも撮影しました。

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留置中のキハ58系 2008年4月29日 松山で筆者撮影

JR四国発足後にコーポレートカラーをイメージした塗装に変更されたキハ58系、この一族には旧国鉄色が再現された車両もあるようで、松山駅構内でも撮影こそはできませんでしたが、止まっているのが見えました。

四国地方でも長きにわたり活躍してきたキハ58系、活躍の期間は残りわずかになりました。消えゆく国鉄型車両、これまでの活躍を讃えようと思います。

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この車両からJR四国の高速化が始まった!2000系試作車「TSE」

松山駅で撮影していましたが、ここで松山から宇和島を結ぶ特急「宇和海」を撮影してみることにしました。予讃線は松山から先の伊予市からは非電化になるため、この列車も振り子式気動車2000系が充当されます。そしてその列車が到着しましたが、その風貌は前面にヘッドマークが付いていないという、明らかに他の2000系とは異なる車両がやってきました。

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特急「宇和海」に充当されている2000系試作車 2008年4月29日 松山で筆者撮影

この車両は、現在JR四国が誇る振り子式気動車2000系の試作車になります。1989年に製造された世界初の振り子式気動車になります。
高速道路網が整備され始めた1990年代、特に土讃線は四国山地を横断することからカーブが多く、この区間を高速で走行できる車両を目指して開発がなされました。外観上の特徴は前面のヘッドマーク表示がなく、その一方で窓上部に「TSE」というロゴが入っています。

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高松方は切妻型形状(貫通型にはなっていないそうです) 2008年4月29日 松山で筆者撮影

この編成も、グリーン車になっている宇和島方先頭は流線型になっています。

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宇和島方先頭は流線型 上部に「TSE」のロゴ 2008年4月29日 松山で筆者撮影

JR四国の高速化にむけて開発された2000系試作車「TSE」、この車両の成功により四国内の高速化が図られ、また他のJR各社においても振り子式車両を多く導入するようになったという点で、大きな功績を残した車両といえるでしょう。

この日の2000系試作車「TSE」は、量産車の中間車を1両組み込んだ4両編成で松山~宇和島を結ぶ特急「宇和海」で運転されていました。運用的にはほぼ「宇和海」限定のようで、高松や本州エリアで見ることは難しいと思われます。

2000系試作車「TSE」がもたらした功績は、大いに称えられるでしょう。


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痛勤形酷電どっと混む!さん

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松山のキハ185系

4月29日は、松山を巡っていましたがこの間でJR松山駅でも撮影していました。

まずは、松山エリアにも存在しているキハ185系です。

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松山エリアにも存在しているキハ185系 2008年4月29日 松山で筆者撮影

松山エリアの185系は3000番代を名乗っており、外観も赤のラインが付加されたものになっています。

撮影したこの列車は、普通宇和島行きになります。徳島エリアでは「剣山」や「むろと」、そして高松エリアにおいて今回の旅行で乗車した「いしづち」といった特急でまだ活躍しているものもいる中、松山エリアでは普通列車に使用されています。前出の特急列車は何だったのだろうという気にさせてしまいます。

キハ185系、松山駅の車両基地にも止まっていましたので撮影しました。

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2008年4月29日 松山で筆者撮影

おそらくは、2000系などの振り子式特急型気動車の導入により活躍の場が狭まったところで、老朽化したローカル用気動車の置き換えということで普通列車用になってしまった松山のキハ185系、この系列の末路を早くも見てしまったようにも思えます。

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予讃線のローカル列車で活躍する 7000系

JR四国の予讃線は、高松~伊予市間は電化がされています。高松周辺から始まった電化区間、1993年にこの区間の電化が完成しました。予讃線の電化区間におけるローカル列車に活躍している車両が7000系です。

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予讃線の電化区間で活躍する7000系 2008年4月28日 伊予西条で筆者撮影

7000系は、1990年に電化が完成した松山周辺に登場しました。ワンマン対応単行運転可能な両運転台構造のVVVF車で、車内は1000系気動車と同じ点対称のセミクロスシート車です。現在では高松から松山エリアそして伊予市までの区間で活躍しています。

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電動車7000 2008年4月28日 伊予西条で筆者撮影

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片運転台の制御車7100 2008年4月27日 高松で筆者撮影

7000系は両運転台構造の7000と片運転台の制御車7100で構成されており、単行はもとより2両以上の連結運転も行われています。

このエリアではごく一般的なローカル電車7000系、単行運転もできるということでユニークな車両であるかと感じます。

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瀬戸内の疾風 8000系

ゴールデンウィークの珍事で、キハ185系多度津止まりとなった特急「いしづち」から宇多津で乗り換えた特急は、予讃線を駆け抜ける振り子式の特急型電車8000系を使用した「しおかぜ」です。

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2008年4月28日 宇多津で筆者撮影

8000系は、予讃線高松~伊予市の全線電化が完成した1993年から運転を開始した振り子機構をもつ特急型電車で、岡山から松山を結ぶ予讃線の特急として親しまれている「しおかぜ」と高松から松山を結ぶ特急「いしづち」に使用されています。中間で分割できる編成にはなっていますが、この日は全車両が岡山発着の「しおかぜ」として運転されました。

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8000系岡山・高松方先頭 2008年4月27日 高松で筆者撮影

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こちらは松山方先頭 2008年4月29日 松山で筆者撮影

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分割先頭車 2008年4月27日 高松で筆者撮影

今やJR四国の看板車両と言える8000系、近年リニューアルが行われ登場時とは外観が変わっています。しかし、これからも瀬戸大橋から瀬戸内海沿い進み、岡山・高松~松山を結ぶ特急「しおかぜ」「いしづち」として、これからも活躍することでしょう。

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キハ185系で運転!特急「いしづち」

さて、高松からは今度は松山に向かいます。高松から松山方面予讃線方面へ走る特急列車は、四国最高峰の山から名付けられた「いしづち」です。

通常「いしづち」は一部を除いて、8000系電車の3両編成で高松を出発して、宇多津で岡山からやってきた特急「しおかぜ」に連結して松山に向かうのですが、今回乗車する「いしづち」23号はゴールデンウィーク期間中は全車両が岡山発着の「しおかぜ」として運転されたことから、高松~多度津までの運転で宇多津で岡山からやってきた「しおかぜ」に乗り換えということになりました。

そして、乗車する「いしづち」23号が入線してきました。

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キハ185系で運転された特急「いしづち」 2008年4月28日 高松で筆者撮影

多度津折り返しとなった「いしづち」23号には、もう徳島エリアでないと特急としては運転していなかったはずのキハ185系の2両編成で運転されました。

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2008年4月28日 高松で筆者撮影

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「いしづち」23号多度津行きの表示

「いしづち」23号に使用されたキハ185系、ただの車両なのかと思いきや、この車両はJR四国に存在するジョイフルトレイン「アイランドエクスプレス」用の車両のようです。中間車が高松の車両基地に留置されていましたので、この時期はこのような運用に借り出されるようです。
ゴールデンウィークなどの多客時の珍事ともいうべき、多度津折り返しの「いしづち」に使用されるキハ185系、まだまだこの車両は意外な活躍をしてくれそうです。

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四国にやってきた113系

さて、琴電を後にして再びJRに乗車します。

高松で待っていますと、こんな車両がやってきました。

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JR四国にも存在している113系 2008年4月27日 高松で筆者撮影

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JR四国の113系は編成ごとに外装が異なる 2008年4月27日 高松で筆者撮影

この車両はJR各社でおなじみの113系です。JR四国ではJR東日本より譲り受けて現在3編成が活躍しています。
JR四国に入線の際に大々的なリニューアルが実施され、外装も編成ごとにピンク系・ブルー系・イエロー系と存在しています。
121系や6000系などとともに高松エリアで活躍しています。この地にやってきた113系、注目してみてはと思います。

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2008.05.01

高徳線を行く特急「うずしお」

さて、徳島到着後は高松に戻るために高徳線に乗車します。特急「うずしお」号に乗車しました。

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乗車した特急「うずしお」号 2008年4月27日 徳島で筆者撮影

特急「うずしお」号は、高松~徳島を結ぶ高徳線の特急列車で、一部列車は高松からさらに瀬戸大橋を渡り岡山まで運転されます。高松と徳島という四国の県都を結ぶ特急列車なだけに振り子式気動車2000系で運転されますが、「うずしお」ではワインレッドとブルーのN2000系が充当されているかと思っていたのですが、停まっていた車両は通常の2000系でした。これはもう日常的なことなのか、それともゴールデンウィーク期間中の珍事なのか気になります。編成は2両編成です。

徳島を出発した特急「うずしお」は、高松までほぼ1時間で走破します。とは言いましても結構途中駅には停車しました。2両編成という列車でしかもこれだけ停車駅を稼がなければ利用需要が獲得できないというところに、現在の高徳線の状況が伺えます。しかし快適な列車で夕暮れの高松に到着しました。

この日はサンライズエクスプレスで高松入りしたあと高知に向かいその後徳島経由で高松に戻ってきたという行程になりました。土讃線や徳島線そして高徳線といった路線は初めて乗車しました。また高知や徳島にも初めて足を踏み入れた日でした。

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ちなみに、通常の「うずしお」に使用されるN2000系はこのようなスタイルです。 2008年4月27日 高松で筆者撮影

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徳島エリアでは今も特急で活躍 キハ185系

さて、徳島線で徳島に向かっている途中で特急列車との行き違いのため停車した駅がありました。徳島線を走る特急はこの沿線にある四国第2位の標高を誇る山から名付けられた「剣山」号です。この列車を撮影しました。

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徳島線の特急「剣山」で活躍しているキハ185系 2008年4月27日 江口で筆者撮影

特急「剣山」に使用されている車両はキハ185系で、JR四国発足当時は看板車両でした。その後2000系などの登場により影が薄くなってしまいましたが、ことに徳島エリアではまだ185系を使用した特急列車が運転されており、徳島線の特急「剣山」はある意味現在のキハ185系の花形列車と言えるのかもしれません。

徳島に到着した際に、この駅構内の車両基地に停車中だったキハ185系を撮影してみました。

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キハ40と並んで停車中のキハ185系 2008年4月27日 徳島で筆者撮影

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2008年4月27日 徳島で筆者撮影

予讃線や土讃線の特急からは撤退しても、徳島エリアにおいては徳島線の「剣山」や牟岐線の「むろと」といった特急ではまだキハ185系が使用されています。JR発足当時は看板車両だったキハ185系が、今もなお特急として活躍している徳島エリアを訪れてみてはいかがでしょうか?

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気動車王国 四国のローカル列車

JR四国の路線は国鉄時代の電化の遅れから気動車が多く走っています。今でこそ電化された路線もありますが、ことに徳島・高知エリアは非電化であることから、この地域独特の気動車が走っています。そんな車両を紹介していきます。

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JR四国 高知・徳島エリアローカルの主力車両 1000系 2008年4月27日 高知で筆者撮影

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景勝地を行く 「大歩危トロッコ」号

さて、先の特急「南風」号で途中の大歩危でユニークな列車が停車していました。そこで、下車した阿波池田でその列車の到着を待って、撮影してみました。

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阿波池田に到着する「大歩危トロッコ」号 2008年4月27日 筆者撮影

この列車は、「大歩危トロッコ」号という列車で、四国山地を横断する土讃線の景勝地と言える大歩危・小歩危峡をゆっくりと走行しながら風景を堪能できるトロッコ列車です。

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2007年4月27日 阿波池田で筆者撮影

阿波池田でこの列車の到着を待っていたくらいでしたら、大歩危からこの列車に乗車できればと思ったのですが、気か着いた時は特急「南風」は大歩危駅を出発して車内放送でも紹介される大歩危峡の車窓を眺めていたという、何たる大ボケをかましてしまいましたが、撮影だけはこのように到着した阿波池田で行った次第です。

その後この列車は入換が行われ留置となりました。

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大歩危トロッコ号の上り方はキハ185 2008年4月27日 阿波池田で筆者撮影

トロッコ列車の牽引用車両になっていた車両はキハ185で、国鉄末期の1986年のダイヤ改正で四国に導入された特急型気動車で、その後JR四国発足当時の看板車両でありました。しかし、2000系などの車両が登場することになり徐々に活躍の場が狭まってきまして、このようにトロッコ列車にも使用されています。JR発足後は外装は幾度か変更されたキハ185、この外装は登場時のスタイルになっていますので、ある意味リバイバルカラーといったところでしょうか?

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トロッコ型車両はキクハ32 2008年4月27日 阿波池田で筆者撮影

この車両がトロッコ車両になります。キクハという記号が物語っているように、この車両には動力がないため、別途気動車が必要となります。

自然豊かな景勝地を行くトロッコ型車両、今回は残念ながら乗車はできませんでしたが、今度機会があればぜひ乗車してみたいと思っています。

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海を渡り四国山地を走る特急「南風」

さて、後免からは岡山行きの特急「南風」に乗車しました。

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2000系で運転される特急「南風」 2008年4月27日 後免で筆者撮影

特急「南風」は、1972年に四国に予讃線の「しおかぜ」とともに誕生した土讃線の特急列車です。瀬戸大橋線が開通すると、始発駅は高松から岡山に変更になり新幹線から四国への連絡特急として四国山地の山岳地帯を走行します。現在ではJR四国が誇る振り子式気動車2000系で運転されています。

さて、特急「南風」は途中の阿波池田で下車しました。後続の「南風」を撮影してみました。

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2008年4月27日 阿波池田で筆者撮影

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「南風」の高知・宿毛方先頭は流線型の半室グリーン車 2008年4月27日 阿波池田で筆者撮影

2000系の先頭車は貫通型の全面が多いのですが、「南風」などでは、下り方先頭車はこのような流線型の車両になっています。ある意味2000系のイメージリーダーカーと言える半室グリーン車の車内です。

土讃線の看板列車として本州の岡山から運転される特急「南風」、どこか貫禄さえ感じさせるJR四国の特急列車であるかと思います。

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2008.04.30

四国山地を横断! 特急「しまんと」

さて、高松駅で各種撮影を行っている間に乗車する列車が到着しました。高松から乗車した列車は、特急「しまんと」「5号高知行きです。高知県を流れる日本最後の清流といわれている四万十川から命名されたこの列車は、高松から高知方面を結ぶ特急列車になります。

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特急「しまんと」5号は2000系の2両編成 2枚とも2008年4月27日 高松で筆者撮影

特急「しまんと」には、JR四国が誇る振り子式気動車である2000系で運転されます。高松と高知という都市を結ぶ特急ではありますが、ごらんのように2両編成、しかも標準色と主に高徳線「うずしお」で使用される車両のカラーの混色という編成で運転されました。

では、この特急「しまんと」に乗車して高知を目指します。高松を出発すると、まずは予讃線を走ります。讃岐平野を走り抜け多度津で土讃線に入ります。そしてこんぴらさんで知られる琴平を過ぎると、四国山地の険しい地形を行く急勾配と急カーブの路線となります。エンジンが唸り車体を傾けて走行する、JR四国が誇る振り子式気動車の面目躍如といったところです。こうして所要2時間10分で高知に到着しました。

つい最近高架化が完成した高知駅、2000系気動車で私は初めて南国土佐の地を踏むことになりました。

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高松エリアの珍車 6000系

さて、「サンライズ瀬戸」で高松に到着するとこんな車両が停車していました。その後出発しましたので撮影してみました。

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出発した6000系 2008年4月27日 高松で筆者撮影

この車両は6000系という車両で、1995年に3両編成で2編成導入されました。前面は211系譲りのスタイルをしていますが、側面は四国の特状に合わせたものになっています。

この次の日にまた6000系を撮影できました。

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6000系高松方先頭6000形 2008年4月28日 高松で筆者撮影

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こちらは松山方先頭6100形 2008年4月28日 高松で筆者撮影

6000系は、高松方先頭車のみが電動車でダブルパンタ搭載となっていますので、前パンタ先頭ということになります。JR四国で2編成製造されただけでその後は増備がなされていないということですので、見かけるのは難しいとともに、どことなくユニークな風貌に感じます。

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四国電化の幕を上げた 121系

高松到着後は、まずここで撮影してみました。高松駅はJR四国の拠点ともいうべき駅で櫛形のホームを持つ行きどまり構造の駅になります。駅自体は近年の再開発に伴い移転され、かつての様子とは異なっていますが、櫛形ホームの構造はこれまでとは変わっていないように思います。

さて、四国地方は国鉄時代は長年気動車王国と呼ばれ電化していた路線が皆無でしたが、1988年3月にまず高松~坂出と多度津~観音寺・琴平が電化しました。ちょうど国鉄末期に完成した四国の電化、それに合わせて登場したのが121系という車両です。

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四国に初めて登場したJRの電車121系 2008年4月27日 高松で筆者撮影

国鉄の分割民営化・JR四国発足直前に登場した121系は、JR発足当初に銀色の車体を輝かせながら讃岐平野で運転を始めました。その後現在でも高松を中心としたエリアで活躍しています。

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121系にはこんな運用もある 快速「サンポート」 2008年4月28日 高松で筆者撮影

高松エリアで2両編成で活躍している121系、車内はセミクロスシートになっています。2本つなげた4両編成の運用もありますが、一部列車はこのように快速「サンポート」という列車にも使用されています。「サンポート」とは、高松駅周辺の再開発により誕生したエリアになります。

国鉄末期の四国電化により登場した121系、国鉄からJR発足時の橋渡しとなったこの車両は、高松エリアで今も主力車両としてこのように活躍しています。

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海を渡る 快速「マリンライナー」

今回訪れた四国の地、「サンライズ瀬戸」号で高松入りしましたが、通常新幹線から岡山で高松へ向かう際に乗車する列車といいますと、快速「マリンライナー」になります。

快速「マリンライナー」は岡山から高松を結ぶ快速列車で、一部を除いてJR西日本223系5000番代とJR四国5000系の併結運転となっています。京阪神アーバンネットワークエリアでおなじみの223系、そしてこれと同じ仕様で作られた5000系ですが、JR四国5000系については高松方に連結されている車両はダブルデッカー車になります。快速マリンライナーのシンボル的な車両になっています。

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快速マリンライナー 高松方先頭のJR四国5000系5100形 2008年4月27日 高松で筆者撮影

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5100形には側面のデザインが2種類ある 2008年4月27日 高松で筆者撮影

現在の快速マリンライナーの高松方先頭車は5000系5100形と呼ばれる車両で、このようないでたちになっています。また側面のラインは赤系と青系のものがあります。

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快速マリンライナーの岡山方はJR西日本223系5000番代 2008年4月27日 高松で筆者撮影

さて、快速マリンライナーが運転されている通称「瀬戸大橋線」は今年で開業20周年を迎えました。本州四国連絡橋で最初に開通した児島・坂出ルートに架かる橋は、道路・鉄道併用橋として開通し本州と四国が陸続きになりました。現在快速「マリンライナー」の高松方先頭5100形には、瀬戸大橋線20周年を記念したヘッドマークが付いています。

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5100形に付けられた「瀬戸大橋線開業20周年」ヘッドマーク

早いもので、瀬戸大橋線が開業して20周年を迎えました。あのときは本州と陸続きとなったことで大いに沸いたのが、遠い過去のものになりつつありますが、本州と四国を結ぶ列車として定着した快速「マリンライナー」、これからもその役割は変わることなく、瀬戸大橋を渡る列車てして走り続けることでしょう。

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