路面電車の日in荒川線 イベント(2008)に行ってきました
6月に入って最初の土曜日となった今日は、都電荒川線の荒川車庫でイベントが開催されました。この時期恒例の「路面電車の日」イベントになります。今回も午後から参加してきました。

展示された、先日運用を離脱した7507(左)と、昨年デビューしたレトロ電車9001 2008年6月7日 都電荒川車庫路面電車の日イベント会場で筆者撮影
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6月に入って最初の土曜日となった今日は、都電荒川線の荒川車庫でイベントが開催されました。この時期恒例の「路面電車の日」イベントになります。今回も午後から参加してきました。

展示された、先日運用を離脱した7507(左)と、昨年デビューしたレトロ電車9001 2008年6月7日 都電荒川車庫路面電車の日イベント会場で筆者撮影
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さて、松山駅前周辺で市内電車を撮影後は、この街最大の名所である道後温泉に行ってみることにしました。
道後温泉は我が国最古の温泉として知られ、その本館は重要文化財にも指定された松山のシンボルの一つです。ここへ向かうため、松山駅前からこんな列車に乗車してみることしました。

到着する「坊ちゃん列車」 2008年4月29日 松山駅前で筆者撮影
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4月28日は、松山市内を巡るべくJR松山駅からすぐの大手町のホテルの宿泊しました。そして翌日の朝はここからまずは、この地にも存在している伊予鉄道市内線を撮影してみました。

松山の街を続行で走る市内電車 2008年4月29日 松山駅前~大手町で筆者撮影
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特急「しまんと」で高知に着きました。高知駅はつい最近高架駅になり駅周辺も再開発が行われています。
この街には路面電車が走っています。土佐電氣鐵道、通称「土佐電」です。地元では「とでん」とも呼ばれているこの電車は、高知駅前から桟橋通を結ぶ系統と、この路線とは市街地の中心はりまや橋で交差して後免から伊野を結ぶ路線で運転しており、その距離は我が国の路面電車では最も長い距離を誇っているとのことです。
では、高知駅前から桟橋通五丁目まで乗車してみます。ちょうど、電車が到着しました。

到着する591 2008年4月27日 高知駅前で筆者撮影
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今日は、好天に恵まれたとあって各地でイベントが開催されました。本日はJR大宮総合車両センターのほかに、都電荒川線の荒川車庫で、これも毎年恒例の「路面電車の日」イベントが開催されました。このイベントにも行ってきました。

イベントで展示された「花電車風」ラッピングの7001(左)と、明日より営業運転を開始する都電の新型車両9000形(右) 2007年5月26日 荒川車庫「路面電車の日」イベント会場で筆者撮影
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今日は、ようやく戻った春の陽気になりました。その陽気の中、弊ブログと相互リンクをしております「melonpanのつぶやき。」さん主催で都電を貸切るオフ会、題して「春のメロンパンまつり」が開催されました。弊ブログも協賛した今回のオフ会、私ももちろん参加しました。

今回のオフ会で貸し切った都電車両 1978年の更新当時の外装が再現された7022 2007年4月21日 三ノ輪橋で筆者撮影
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昨年11月より、東急世田谷線では玉電開通100周年イベントとして、1969年の渋谷~二子玉川園廃止時に運転されたという花電車を今風に再現した車両を運転中です。
なかなか、撮影する機会がなかったのですが、先日撮影することができました。

現在世田谷線で運転中の「花電車」 2007年2月11日 松原で筆者撮影

先の画像の三軒茶屋方 2007年2月11日 松原で筆者撮影
玉電はかつて、渋谷~二子玉川園(現:二子玉川)を国道246号線・玉川通りを走行していた路面電車でしたが、この区間は1969年で廃止となり、この分岐線であった三軒茶屋~下高井戸が現在でも世田谷線として運行されています。この後1977年に、廃止された玉電の路線をトレースする形で新玉川線が地下路線で開業しましたが、2000年にこの区間も田園都市線と呼ばれることになり新玉川線の呼び名もなくなりました。
玉電が廃止された当時は、私はまだ生まれておらず今の三軒茶屋界隈の玉川通りの様子から、その昔この路上を電車が走っていたなどとはとても思えない状況になっています。しかしこの列車はそれだけ世田谷の人々に、この電車が親しまれてきたことをあらわしているのではないかと思います。
この花電車は3月31日までの運行ですが、東急オフィシャルサイトのリリース(PDF)によりますと明日2月26日から8月31日までの予定で、今度は田園都市線にて玉電開通100周年・新玉川線開通30周年記念列車が運転されるとのことで、8500系1編成に玉電の車両や沿線風景・新玉川線建設開業時の様子のイラストや写真を側面に貼った列車が運転されます。再び田園都市線に追っかけがいのある編成が登場します。
世田谷の人々に愛された東急旧玉川線・そして地下路線になり今では田園都市線の一部になった新玉川線、それぞれ節目の年を迎え、これからも地域の人々に親しまれていくことでしょう。
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この3連休で、九州へ旅行に行ってきました。急変する天候の中ではありましたが、主に北九州地区を巡ってきました。
羽田から飛行機に乗り、まず目指したのは熊本です。熊本空港をおりて市内に向かうバスに乗り、市内中心にまた国宝にも指定されている熊本城にも近い交通センターで下車しました。熊本のシンボルともいえる熊本城は、今年で築400周年を迎え、現在天守閣を修復中です。その城下町には、市電が走っています。熊本市交通局によって運転されている市電にまず、乗ってみました。

熊本の城下を行きかう市電 2007年1月6日 辛島町で筆者撮影
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えちぜん鉄道で田原町で下車しましたあとは、ここから出発する福井鉄道に乗車してみました。

田原町で出発を待つ 自社発注の200形 2006年5月5日 筆者撮影
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北陸旅行記はまだまだ続きます。
さて、5月4日は富山を離れてまず向かったところは、高岡になります。高岡で下車してこの駅前広場から出発する万葉線に乗車しました。

高岡駅前に停車中の万葉線の新型低床型車「アイトラム」 2006年5月4日 筆者撮影
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さて、今回北陸を訪れた理由の1つとして、先月富山に開業した「ポートラム」に乗車することです。
富山へ移動して、開業間もない「ポートラム」乗車しました。

出発を待つ「ポートラム」 2006年5月3日 富山駅北で筆者撮影
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今日は用事があって、王子まで行ってきましたが、その帰りに都電荒川線に乗車したところ、リバイバルカラーとなった7022号車が到着しました。この車両で、終点の早稲田まで乗車しました。

往年の塗装が再現されている都電荒川線7000形 7022 2006年4月22日 早稲田で筆者撮影(携帯電話使用)
自分は、都電全盛の時代にはまだ生まれておらず、また都電荒川線に初めて乗車した時は、7000形は現在の車体に更新された後で、この黄色に青帯の塗装でした。その後、7000形は白と緑の塗装になりましたが、昨年の路面電車の日イベントに合わせて、この7022号車が更新当初の塗装が再現されました。その後、この塗装で走り続け今日、見ることができました。
いつまでこの塗装で走るのかは分かりませんが、どこか懐かしくも思えるこの塗装、1日でも長く走ってほしいと思うのは私だけではないでしょう。
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また、富山への旅行記です。
富山は路面電車が走る街です。富山地方鉄道により運行されている市内線です。
市内線は、富山地方鉄道不二越・上滝線の南富山駅前から富山の市街地・富山駅前・県庁前などを経由し、市内を流れる神通川を渡って大学前を結んでいます。運転間隔は南富山駅前~富山駅前が5分間隔・富山駅前~大学前は10分間隔の頻発運転で富山市民の足として、また終点の大学前は富山大学の学生さんの通学の足として活躍しています。
この路線で活躍している車両は、デ7000形とデ8000形によって運行されています。いずれも冷房車になっています。今回は、JR富山港線乗車にあわせまして富山市内線にも富山駅前から大学前まで乗車の後、南富山駅前まで乗りとおしてみました。また、市内電車も撮影してきました。
富山市内線の主力 デ7000形 最近順次この塗装に変更されつつある 2006年2月24日 富山駅前で筆者撮影
こちらは、旧塗装のデ7000形 2006年2月24日 大学前で筆者撮影
富山市内線の新型車 VVVF制御の軽快車 デ8000形 2006年2月25日 富山駅前で筆者撮影
新型車デ8000形も投入されていますが、デ7000形もまだ主力です。また、デ7000形には広告塗装車も存在しています。
富山の街を走る市内電車、JR富山駅では南口に発着します。まもなく路面電車になる富山港線は北口からの出発になりますが、現在JR富山駅は北陸新幹線建設にあわせてでしょうか、高架化が進められていて完成後は北口から出発している元富山港線・富山ライトレール「ポートラム」が南口まで乗り入れこの市内電車に乗り入れる予定があるようで、富山駅にあった高架化完成予想図には間違いなくポートラムと市内電車の線路が結ばれるようになっています。
富山市民に親しまれている市内電車、この春開業するポートラムの先輩として、これからも富山の街を走り続けることでしょう。
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本日は、お休みを頂きました。そこで、東急オフィシャルウェブサイトのリリースに掲載された「玉電カラー」が再現された世田谷線を見に行ってきました。
東急世田谷線は田園都市線三軒茶屋から京王線の下高井戸を結ぶ路線です。現在でも「軌道線」の扱いになっています。かつては渋谷から二子玉川園(現:二子玉川)を現在の玉川通り(国道246号線)の路上を走っていた玉川線(通称「玉電」)の三軒茶屋から分岐していた支線でしたが、1969年に渋谷~二子玉川園が廃線となったあと、ほとんど専用軌道であった三軒茶屋から下高井戸の区間が現在でも「世田谷線」として残っています。
その世田谷線も、現在では編成ごとに車体の色が異なるカラフルな連接車300形で運転されています。今回の企画は、かつて「玉電」を走っていた200形の登場50周年を記念して、当時の玉電塗装が再現されました。
今回も、そのような企画が実施されているとあって早速撮影してきました。
玉電カラーが再現された300形 301 2005年11月10日 若林~松陰神社前で筆者撮影
世田谷線の名所「若林踏切」 2005年11月10日 西太子堂~若林(環七通り・若林踏切)で筆者撮影
世田谷線は先に記述したように全区間が専用軌道であることから、路面電車的な併用軌道区間はありません。
しかし、世田谷線が分類上は路面電車であることを感じさせる箇所があります。2枚目の画像を撮影した「若林踏切」です。
都内有数の幹線道路である「環七通り」を横切るこの踏切は、道路のほうが信号のみで遮断機などはなく、電車も道路が青信号の時は踏切手前で停止して信号が変わるまで待つという光景が繰り広げられます。道路と電車道の交差点といったところでしょうか。
さて今回の企画は、200形デビュー50周年ということで玉電塗装が再現されました。現在の300形デビュー以前の世田谷線のラインナップは70形・80形・150形といずれも旧型車で、この時点ですでに存在していなかった200形とは、はたしてどんな車両だったのでしょうか?現在200形の204号車が田園都市線宮崎台駅前にある「電車とバスの博物館」で保存・展示されていますので、この撮影後に行ってみました。
「電車とバスの博物館」で保存・展示されている200形204号車 2005年11月10日 筆者撮影
これが、今年で登場50周年を迎えた200形です。1955年にデビューし、渋谷と二子玉川園の間の玉川通り・国道246号線を走行していた当時の花形車両で、床を低くした連接構造で車体断面が卵型をした車両でした。その風貌から「ぺこちゃん」「いもむし」といった愛称で親しまれた、玉電の人気者でした。
しかし、低床構造や連接などといった特殊な構造であったためか、デビューからわずか14年後の1969年、玉川線(渋谷~二子玉川園)廃止とともに全車両引退しました。
玉川線廃止の理由は、交通量の増大により路面電車が邪魔者扱いにされてしまったという、この当時各地で見られた理由であったといいます。玉川線の廃止から8年後の1977年に、「新玉川線」がこの玉川線の路線をトレースするような感じで地下路線で開業しました。その新玉川線も2000年8月で田園都市線に組み込まれて、その呼び名はなくなりました。
しかし200形のコンセプトは、現在LRTなどと呼ばれる低床形の路面電車の設計を早くも実現していたことになり、今でもその思想は十分に通用するのではないかと思います。見方をかえますと「早すぎた車両」であったのかもしれません。
自分は玉電廃止時にはまだ生まれておらず、それこそ200形が走行していたところなど見たこともなく、現在の三軒茶屋付近の玉川通りの風景から、その昔この路上を電車が走っていたなどとはとても考えられない状況になっています。しかし、200形が示した意思は現在の300形に受け継がれているとも思え、これからも世田谷の地域の足として世田谷線は活躍していくことでしょう。
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さて本日8月7日は、名古屋から豊橋へ向かいました。豊橋は現在も路面電車が残っている街で、今日は豊橋市内線を運行している豊橋鉄道の車庫で撮影会イベントがあるということで、行ってきました。
今月2日より運転を開始した モ801とモ781 2005年8月7日 赤岩口車庫イベント会場で筆者撮影
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聞くところによりますと、6月10日は「路面電車」の日だそうです。そこで今日は、東京に唯一残った都電荒川線の荒川車庫でイベントがあるということで、行って見ました。
今回のイベントで目玉となったのは、現在の都電荒川線の主力7000形に、1978年のワンマン改造及び車体更新時のイエローにブルーの帯が再現された車両が展示されました。
往年の塗装が再現された7022 2005年6月11日 荒川車庫イベント会場で筆者撮影
私が生まれた時はすでに、都電は現在の荒川線しか残ってなく、また小学生時代に初めて乗ったときは7000形はこの形であり、この塗装でした。現在の都営バス風の塗装に見慣れますと、どこか「懐かしさ」を感じさせました。なお、この車両はしばらく、この塗装で走るとのことです。
また反対側の正面には「路面電車の日」のヘッドマークが付いていました。
「路面電車の日」のヘッドマークを付けた7022 2005年6月11日 荒川車庫イベント会場で筆者撮影
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ついに、この日が来てしまいました。
本日3月31日最終電車をもって、名鉄岐阜600V線区(岐阜市内線・揖斐線・美濃町線・田神線)は廃線になります。当ブログからリンクしている各ブログでも、大いに話題になっています。
古豪から最新鋭車まで個性豊かな車両が揃い、沿線風景も味わいがあった路線でした。最近の環境問題から路面電車が見直されつつある中での廃止ということで、これは以前にもコメントしたと思いますが「何とかならないものか」と思う次第ですが、これで廃線ということで、残念と言うしかないのが私の今の思いです。
そこで当ブログでは先ほど、残念ながら惜しまれつつも廃止を迎えてしまった名鉄岐阜600V線区の思い出を、マイフォトにて公開しました。マイフォトはこちらからお入りください。
名鉄岐阜600V線区で生涯を終えるもの、新天地に旅立つもの、我々は岐阜の街を路面電車が走っていたことを忘れません。
マイフォトより 岐阜市内線の連接車 モ770 2005年3月5日 岐阜市内線 新岐阜駅前で筆者撮影
マイフォトより 元札幌市電 モ870 2005年3月5日 美濃町・田神線 競輪場前で筆者撮影
マイフォトより 旧塗装が再現された モ593 2005年3月21日 田神線(美濃町線系統) 市ノ坪で筆者撮影
名鉄岐阜600V線区の廃止について、多くの皆様がそれぞれの思いを綴っています。
この記事から、次のブログにトラックバックを送りました。
Simplex's Memoさん
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Dailyおかげんさん
青い空と、白い翼さん
TOMOの鉄日誌さん
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戯れ言日記。さん
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名鉄岐阜600V線区に廃止許可が出る(2004年11月9日)
廃線間近 名鉄岐阜600V線区(2005年3月21日)
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この連休の20・21日でまた、名古屋方面に行ってきました。そして今日、今月末をもって廃線となる名鉄岐阜市内線・揖斐線・美濃町線・田神線の通称「岐阜600V線区」を訪れました。
廃止間近とあって、沿線では多くの方が撮影を行っていたほか、お名残乗車なのでしょうか?これで廃止されるとは思えないほど多くの乗客が乗っていました。
そこで、今回は本日撮影した岐阜600V線区の画像をアップしました。
朝の時間帯に岐阜市内線(新岐阜駅前~忠節)を運行する モ570
2005年3月21日 岐阜市内線 新岐阜駅前で筆者撮影
美濃町線の名所のひとつ 上芥見付近の併用軌道をゆく 現在1両のみ残存している モ600
2005年3月21日 美濃町線 上芥見で筆者撮影
名鉄岐阜600V線区の最新鋭車 モ800 入線後わずか5年ほどで路線が廃止になってしまう
2005年3月21日 田神線(美濃町線系統) 市ノ坪で筆者撮影
名鉄岐阜に乗り入れる 美濃町線系統の主力 モ880
2005年3月21日 田神線(美濃町線系統) 市ノ坪~競輪場前で筆者撮影
路上で出発を待つ モ590
2005年3月21日 美濃町線 徹明町で筆者撮影
岐阜市内・揖斐線直通の主力 モ780
2005年3月21日 揖斐線 旦ノ島~尻毛で筆者撮影
私自身もこの岐阜600V線区は何度か乗ったことがあります。車両も古豪から最新鋭の車両まで個性派が揃い、その風景にも特徴があったこれら線区の廃止は残念でなりません。特に環境問題の観点から路面電車が見直されつつある気運がある中での廃止と言う点で、何とかならないものかとも思った次第です。しかし、まもなく終焉の時が到来します。
そこで当ブログにおきましては、この名鉄岐阜600V線区の思い出画像をマイフォトにて近日中に公開する予定です。
どうぞご期待ください。
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名古屋を中心とする路線を持つ大手私鉄の名古屋鉄道(以下名鉄と称します)ですが、さきほど同社のホームページに、岐阜から伸びる路面電車である、岐阜市内線・揖斐線・美濃町線・田神線の通称「岐阜600V線区」の廃止が許可されたというリリースが掲載されていました。
名鉄は、私自身初めて訪れたのが1999年のことで、その後「これほどまで面白い私鉄はない」とばかりに何度も訪れています。華やかなパノラマカーなどの名車が走る一方で、岐阜から出る路面電車とその先に伸びるローカル線は大変魅力があり、今では廃止されてしまった谷汲線を含めても何度か訪れたところです。2001年にその谷汲線などとくに輸送人員が減っていた区間が廃止されてしまったのですが、それからわずか数年で岐阜600V線区全線が廃止となるとは、いかに利用客が減ってしまったかというのを物語っています。
しかし、岐阜市内の路面電車を見ると、安全地帯が未整備なのと、軌道敷地内の車の乗り入れが日常的になっていて特に規制もされていなかったというところに、この路線の結末を暗示していたかのようにも思えます。一時は外資企業が買収するといった話もあったようなのですが、はたしてどうなってしまったのでしょうか。
けれども名鉄自体はこの600V区間をけっして放置していた訳ではなく、1980年代以降も新造車導入や冷房化など、また2000年には部分的な低床車である800型(2001年の鉄道友の会ローレル賞受賞車です)を導入するなどむしろ積極的に投資を行った点も見受けられることから、もう万策つきてしまったというのが実情なのでしょうか?
と、いうことでまた名鉄を訪れ、岐阜の路面電車に乗ってこなければと今から思う次第です。その名鉄でも明るい話題として、来年2月に中部国際空港開港により新特急「ミュースカイ」がデビューします。また、名古屋地域全体でも来年は博覧会「愛・地球博」が開催されるなど、これから名古屋を中心とした東海地方から目が離せません。

現在は駅前整備により営業を休止している岐阜駅前電停 もうここに電車が来ることはないのだろうか?岐阜600V線区を走る大正生まれの古豪、モ510の長かった車生も、路線の廃止で終焉を迎えることになりそうです。
2001年2月26日 岐阜駅前で筆者撮影 ちなみにこの当時もまた現在もモ510が走ることは極めて稀だそうです。
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