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2010.02.28

特急運用から撤退 阪急京都線6300系

今日は関西に出向き阪急電鉄を訪れました。阪急でこれまで看板車両として京都線の特急で活躍してきた6300系が、本日をもって特急運用を終了するということで見に行ってきました。

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本日の運転をもって特急運用から撤退した阪急6300系 2010年2月28日 高槻市で筆者撮影

阪急6300系は、1975年に京都線の特急車としてデビューした車両になります。2ドア転換クロスシートが並ぶ車内に、京都線の特急車としての気品と風格を感じさせます。翌年には鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞し、以来京都線の特急としてまた、阪急電鉄の看板車両として今日まで実に35年にもわたって活躍してきました。しかし寄る年波には勝てず、新型特急車である9300系に置き換えられていき、最後まで残っていた6350Fが特急運用から撤退することになりました。

6300系は先週から運用を限定して運転されており、そのダイヤがオフィシャルサイトでも公開されていましたので、その時刻に合わせて撮影してみました。

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2010年2月28日 東向日で筆者撮影

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2010年2月28日 高槻市で筆者撮影

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特急運用に就いていた5300系と並ぶ 2010年2月28日 高槻市で筆者撮影

6300系が特急として運転されるのは今日が最後ということで、各ポイントには多くの人が訪れ撮影していました。またここ数日はこのようにヘッドマークも付けて運転されています。

このあとは、最後になった6300系の特急の乗車するため梅田に向かいました。梅田では、到着前の時点で多くの人がストップ付近に集まっていました。

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発車案内に今日で最後となる「2ドア車」という表示がなされました。そして入線してきました。

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2010年2月28日 梅田で筆者撮影

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ヘッドマークのアップ

このように多くの人が集まった梅田駅、このあと6300系の特急に乗車してみました。

ドアを両端に寄せて、転換クロスシートが並ぶ車内は特急車としてふさわしい水準であり、今でもそれほど色あせてないように感じました。そして15:00に神戸線の特急・宝塚線の急行と同時に梅田を出発して十三まで並走します。そして十三を出発してしばらくはカーブが続く区間になります。十三を出ると京都の大宮までノンストップという時代は遠くなり、今では淡路や茨木市・高槻市・長岡天神・桂といった途中駅にも停車するようになりました。これら駅にも停車して、高槻市を出ると東海道新幹線と並走し、また車窓にはJR京都線も見えてきます。戦国時代の「天下分け目の決戦」の舞台となった天王山の麓を通過していきます。そして京都市内の四条通り地下に入って今は大宮は通過となり烏丸に停車してから終点の河原町に到着しました。

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2010年2月28日 河原町で筆者撮影

京都のターミナルである河原町にも、多くの人が訪れました。このあと折り返して梅田行きの特急として出発していった6350Fを見送りました。

35年にもわたって京都線の特急として活躍してきた6300系、気品と風格に満ちたその姿は阪急電鉄の看板車両として多くに人々の印象に残ったと感じます。これで京都線の特急運用からは撤退となりますが、一部の車両が支線である嵐山線で余生を送っています。6300系の特急から撤退は一つの時代の終わりです。嵐山線で運転されている6300系に往年をしのびながらも、これまでの活躍を称えます。

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コメント

こんばんは、
私の関西時代に大変世話になった阪急電車の6300系が本線運用から引退と聞いて、もっと車齢の高い先輩たちがいるのにと思うとビックリです。
私は関西には16年半生活してましたが、この写真の電車は景色をみるのに好都合なうえ、ゆったり出来たり=足乗せ用のステンレスパイプが愛郷でした=と、ライバルの京阪電車の特急やJR電車の新快速より群を抜いてただけに多くの先輩より先に引退とは惜しいです。
私が関東に引っ越した直後に消えたうめだ阪急百貨店の旧本館ビル、今回の6300系電車の引退そして間もなく消える予定の天六阪急ビル[もとの新京阪電車→阪急電車旧天神橋駅ターミナルビル]の悲しい出来事は私にとって阪急電車との思い出がすこうしずつ断たれてゆくことは寂しい限りです。
嵐山線において一部車両が残ることは嬉しい限りですが、せめて完全引退の時には往年の2800のように、もう一度リバイバル運転という淡い期待があるのではないかと思います。
[参考ですが埼玉県に嵐山=「あらしやま」でなく「らんざん」=町があるけど、京都・嵐山と雰囲気が似てることから昭和42[1967]年に菅谷村から町になるさい改称したそうです]
それでは、この辺にて失礼します。

投稿: 宮オオ | 2010.03.02 19:26

宮オオさん、コメントをありがとうございます。

阪急京都線の特急として君臨してきた6300系、ついに特急から撤退となりました。おっしゃるとおりで京都線でもこの車両よりも古い2300系や3300系がまだまだ活躍しているのですが、この形式は特急として常に京都~大阪を走りまわっていたことを考えますと、それだけ早く寿命がきたと考えられます。

2ドアの転換クロスシートは大変乗り心地が良く、まさに阪急の看板車両であったと感じております。まだ嵐山線には残りますが、これまでの活躍は十分に称えられると思います。

投稿: Kaz-T | 2010.03.05 00:04

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