2009年夏の終わりに 雑感で綴る名鉄の10年 ~パノラマカー引退に寄せて~
8月最後の日曜日となり、衆議院議員選挙が行われましたが、本日は名古屋鉄道で長きに渡り活躍し、名鉄を代表する車両であった7000系「パノラマカー」が引退の最終運行が行われました。豊明から伊奈折り返しで本宿まで運転し、その後は回送となってもう舞木検修場に取り込まれていることかと思います。今日は特にどこへも出かけませんでしたが(選挙は期日前に投票してきました)、今回はパノラマカー引退に寄せて、雑感でここ10年間の名鉄を綴ってみたいと思います。

本日のラストランをもって運行を終了した名鉄7000系「パノラマカー」 2009年8月9日 富士松~一ツ木で筆者撮影(パノラマ三河湾号)
パノラマカー引退という節目を迎えた名鉄、私が初めて訪れたのはちょうど10年前の8月のことでした。それまでの名鉄の知識と言いますとまさに「パノラマカー」でありましたが、各種鉄道雑誌などで旧型車が活躍する路線もあるという記事を拝見し、なにせ当時私鉄で2番目に長い営業キロを誇る路線網なだけに、なにやら混沌としたよくわからない私鉄というイメージがありました。
そして10年前の8月、当時最新型車両であった700系「のぞみ」で名古屋に到着し、新名古屋駅の改札を抜けホームに入ると、それは広大な路線網を持つ私鉄のターミナル駅とはとても思えない地下の2線3面の駅から各方向へ続々と列車が入線し発車していったという、まさに混沌とした名鉄初訪問のプロローグとしてはあまりにも強烈な印象を受けました。そして名鉄線をめぐっているうちにちょうど記念乗車券が発売されていましたので購入しました。豊田線と地下鉄鶴舞線直通運転開始20周年のもので、今年30周年の記念乗車券や列車にヘッドマークがついたということからみまして、もう10年が過ぎたのかと感じたものでした。

初めて訪れた名鉄、当時地下鉄鶴舞線直通運転20周年を迎え、豊田線の100系にこのような装飾がなされていた。1999年8月6日 豊田市で筆者撮影
この時代は、待っていればごく普通に「パノラマカー」がやってきました。ただ特急運用からは降りたようでしたが、まだ白帯車も残っていました。

パノラマカーはまだ多数運転されていた。白帯車も多かった 1999年8月6日 常滑で筆者撮影
そして翌日は特急で岐阜に向かい、当時は新岐阜と呼んでいた駅を出るとその路上には黒野方面にむかう岐阜市内線の路面電車が停車しており、この電車に乗車して終点の黒野で降りて谷汲行きの電車に乗車しました。

谷汲線で運転されていたモ750 1999年8月7日 黒野で筆者撮影
その後戻って美濃町線にも乗車してみました。

美濃町線で運行していたモ600 1999年8月7日 新関で筆者撮影
美濃町線は私が初めて訪れた時点で新関~美濃は廃線となっていて、新関から長良川鉄道の関に乗り入れる路線となっていました。
この他にもこの当時はこのような車両が存在しており、撮影できました。

1000系「パノラマスーパー」全車特別車編成 1999年8月6日 内海で筆者撮影

豪華な設備を誇った8800系「パノラマDX」 1999年8月6日 吉良吉田で筆者撮影

この時代はLe-Car(レールバス)が運行されていた路線もあった 三河線の末端区間もその一つ キハ20 1999年8月6日 吉良吉田で筆者撮影

この車両も現役で活躍していた 5500系 1999年8月7日 三柿野で筆者撮影

こんな車両も動態保存として残されていた 「いもむし」と呼ばれていた3400系 1999年8月7日 犬山で筆者撮影
今となっては貴重な画像も多く掲載しましたが、この当時は5500系はともかくとして、3400系も1編成動態保存ということで残されており、この時は広見線の折り返し列車として運転されていました。また画像には残せませんでしたが、犬山遊園~新鵜沼の犬山橋はまだ線路・道路併用橋でした。
さて、1999年夏に名鉄を訪れた後も何度か訪れており、弊ブログにも多くの名鉄記事があります。10年前に初めて訪れてこの時購入した豊田線・地下鉄鶴舞線直通20周年記念乗車券以降も、多くの記念乗車券類が発行されコレクションも関東の他私鉄に匹敵する量が揃いました。しかしこれら記念乗車券を見てみますと、いわゆる「○○周年」という記念乗車券類は全体の半数以下で、それ以外は開業や引退などといったものになります。手元のコレクションを見て振り返ってみますと、この10年名鉄は大きく変わってしまったと痛感することになります。新しく登場した車両もあれば、姿を消した車両もあります。

名鉄からJR高山線に直通した特急「北アルプス」のキハ8500形(2001年9月30日の運転をもって廃止) 2001年9月24日 JR高山線 美濃太田で筆者撮影

小牧線に登場した300系のデビュー間もないころ 地上時代の上飯田に到着 2002年4月27日 筆者撮影

引退を前に登場時の塗装が再現された5500系 2004年11月23日 新安城で筆者撮影

引退を迎え「ラストメモリー号」として運転された8800系「パノラマDX」 2005年1月9日 佐屋で筆者撮影

空港線開業 華々しくデビューした2000系「ミュースカイ」 2005年1月29日 神宮前で筆者撮影

2008年の「特急政策」の見直しで姿を消した「パノラマスーパー」1600系 2008年6月1日 神宮前で筆者撮影
2001年9月にJR高山線に乗り入れていたキハ8500系による特急「北アルプス」が廃止となり、3400系「いもむし」も引退しました。その後2005年1月の空港線開業のダイヤ改正により8800系「パノラマDX」と5500系は引退しました。また記憶に新しい2008年に実施された特急政策の見直しにより、1000系「パノラマスーパー」全車特別車編成と1600系「パノラマスーパー」が姿を消しました。その一方で2002年には上飯田連絡線開業対応として300系がデビューしたほか、2005年空港線開業により2000系「ミュースカイ」や2200系・そしてステンレス車体の3300・3150系がデビューしました。
車両の動きも多くありましたがさらに特徴的な点としましては、中部国際空港開港に伴う空港線の開業という華々しい新路線の開業がありましたが、一方でこの10年間で廃線となってしまった路線も多くあります。広大な路線網を誇っていただけに不採算路線も多く、景気低迷などによりすでに美濃町線の新関~美濃は廃線となった後でしたが、その後も多くの路線が廃線となってしまいました。

2004年に廃線となった三河線のLe-Car運転区間 キハ30 2004年3月29日 西中金で筆者撮影

2005年3月で廃線となった岐阜市内線 モ870 2005年3月21日 早田で筆者撮影

岐阜市内線で廃線まで活躍していた旧型車 モ570 2005年3月5日 新岐阜駅前で筆者撮影

岐阜市内線と揖斐線で廃線になるまで現役で活躍した、大正時代に製造されたモ510 2001年2月26日 岐阜駅前で筆者撮影

同じく2005年3月で廃線となった美濃町線 2000年にデビューしたモ800 2005年3月21日 上芥見で筆者撮影

2008年12月で廃線となったモンキーパーク・モノレール線 2008年6月1日 成田山で筆者撮影
手元にある画像から特徴的なものを掲載しましたが、ここ10年間で21世紀に入ってすぐの2001年9月に谷汲線と揖斐線の末端区間である黒野~本揖斐間、竹鼻線の江吉良~大須間、Le-Carが走っていた八百津線が廃線になり、2004年にはLe-Carで運行されていた三河線の末端区間吉良吉田~碧南間と猿投~西中金間が廃線となり、2005年3月には岐阜市内線と揖斐線・美濃町線と田神線のそれぞれ岐阜600V線区を呼ばれた路面電車が廃線となり、2008年12月には犬山遊園から日本モンキーパークを結ぶモンキーパーク・モノレール線も廃線になってしまいました。この間で実に90キロ以上の路線が廃線となり、空港線の開業があっても大幅に路線網も縮小して今では営業キロ2位の座は東武鉄道に明け渡して路線網では3位の規模になりました。
こうしてみますと、この10年間で名鉄は大きく変わりました。車両面もそうであり路線の廃線も多くありました。空港線開業と「ミュースカイ」デビューは名鉄の企業イメージのアップに繋がり、また特急政策の見直しにより特急系は「ミュースカイ」以外は一部特別車となったため、利便性も向上しました。しかし、姿を消した車両の中にはパノラマDXや3400系「いもむし」といった特徴ある車両も多く、また廃線となった路線には谷汲線や三河線の末端区間などローカルムードにあふれた素晴らしいロケーションの路線も多くありました。
企業が成長し時代の流れの中で生き延びるためには、変化していかなければなりません。この10年で大きく変わった名鉄、振り返ってみますと失ったものの方が多くあるように思えます。
初めて訪れてから10年を迎えて、この夏で名鉄を代表する車両であった「パノラマカー」が引退を迎えます。これも逆らうことができない時代の流れです。パノラマカーが引退した今、次に名鉄を訪れるのはいつになるのか、この夏の終わりで迎えた「パノラマカー」引退、名鉄の一つの時代が終わったことを思わずにいられませんでした。

名鉄を代表する車両だった7000系「パノラマカー」 もうこの姿を見ることはできない。 2008年11月15日 木曾川堤で筆者撮影

名鉄でもステンレス車体の通勤車が導入されている 2200系(2300・1700系)の快速特急の増結車として先頭に立つ3150系 2009年8月9日 岡崎公園前で筆者撮影

名鉄の看板車両になった中部国際空港アクセス列車 2000系「ミュースカイ」 2009年8月10日 神宮前で筆者撮影
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