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2009.03.29

武庫川のほとりを行く 阪神武庫川線

先週の3連休で行ってきた阪神電鉄、この路線にも乗車してみました。本線武庫川から分岐する武庫川線です。本線の武庫川駅は、その駅名の通りホームが武庫川の上にあります。そしてこの駅の神戸方から武庫川団地前へ向かいます。

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阪神武庫川線はワンマン運転の2両編成 2009年3月21日 武庫川で筆者撮影

では、武庫川から阪神武庫川線に乗車します。全線単線のこの路線、ワンマン運転の2両編成で運転されています。武庫川のほとりを進み東鳴尾・洲先と途中駅に停車して終点の武庫川団地前に到着します。1.7キロの行程です。

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2009年3月21日 武庫川団地前で筆者撮影

このあと、武庫川線でこの日運転していた車両を撮影してみました。

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この日運用についていた車両は7890-7990編成 武庫川方(本線では大阪方)先頭の7990 2009年3月21日 東鳴尾で筆者撮影

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その反対側は前パンタの7890 2009年3月21日 東鳴尾で筆者撮影

この路線では、今となっては貴重になった片開きの車両も運転されていますが、この日運用についていたのは両開きの7890形でした。
7890形となっているこの車両は、当初は本線系統の優等用として1974年から4両編成3本12両が製造された3801・3901形車両が元になります。3801・3901形は発電ブレーキ車ではありましたが、抑速ブレーキを搭載していた車両で、またこの形式の最終編成では阪神で初の方向幕が付いた車両でした。抑速ブレーキ搭載というスペックが示すように、3801・3901形は当時の西大阪線の難波延伸・近鉄奈良線直通を考慮した車両で、西九条を出発してから九条へ高架線から一気に地下に下る区間や、近鉄奈良線内における急勾配に対応したものとされて、デビューした当時は主力車両として、特急や急行で活躍していました。しかし、難波延伸はなかなか実現せず、時だけが過ぎて行ってしまい、しかもこの間で第1編成は不具合や原因不明の脱線事故を相次いで起こしていたようで、この編成は早くも1986年に廃車となってしまい、残された8両を同年6両固定編成と2両編成に編成組み換えを行い、6両編成は8901形としてその後も本線優等で活躍し、2両編成になった車両は今回紹介しています7890形となって武庫川線用になりました。その後今年になって8901形は運用を離脱したようで(参考:まにあっく・阪神ホームページ)現在、3801・3901形を元とする車両はこの2両だけになってしまいました。

これが幼いころの電車の本で、阪神の車両として表紙を飾っていた3801・3901形の今の姿になります。

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2009年3月21日 武庫川で筆者撮影(後追い)

今年、ようやく西大阪線は難波延伸が叶い阪神なんば線と名を変え、近鉄奈良線に乗り入れ生駒トンネルを越えて奈良まで、直通運転が開始されました。当初の予定通り難波延伸が実現していたら、この車両は間違いなく「快速急行 奈良」行きとして、難波へさらには生駒トンネルを越えて奈良を目指していたであろうと思います。3801・3901形一族の登場時にかけられた阪神電鉄の夢は今年になって叶いましたが、この車両が西九条から先に出現したセミシェルターで覆われた高架線を進むことはないでしょう。

一時代の阪神電鉄の表紙を飾った3801・3901形、難波延伸という夢を叶えるために登場したこの形式、今となっては7890形になったこの2両を残すのみとなり、本線の喧噪とは無縁の武庫川線で活躍しています。自らの夢を叶えることができなかった無念を抱いて、これからも武庫川線で活躍していくことになるのでしょう。悲運の車両となってしまったこの車両の活躍をご覧に、武庫川線を訪れてみてはいかがかと思います。

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