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2008.01.17

凡車の中に特異車あり 小田急3000形

この前の月曜日14日ですが、小田急多摩線に行ってみました。行ってみたところお目当てはなかったのですが、この日この路線を走っていた3000形に着目してみました。

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この日多摩線の運用に就いていた3263F 小田原・唐木田方先頭 3463 この編成には特徴が・・・・・・ 2008年1月14日 小田急多摩センターで筆者撮影

小田急で3000形といいますと、1957年にデビューした連接構造と流線型の軽量車体を持ち小田急のみならず日本の鉄道の歴史に大きな足跡を残したロマンスカー初代SE車ということになるかと思います。この車両は1991年で定期運用がなくなり翌1992年に引退して現在1編成が海老名車両基地に保存されていますが、今日の小田急で3000形を名乗る車両は2002年に営業運転を開始した通勤型車両になります。

2002年に営業運転を開始した3000形は環境配慮・バリアフリーなどが考慮されたステンレスの車体を持つ車両で、この形式から2600形以降続いていた広幅のすそ絞り車体をやめて狭幅の車体になりました。またその車体構造も俗に「日車式SUSブロック車体」と呼ばれる標準設計を取り入れた車両でもあります。この車両でそれまで活躍してきた2600形や先代の4000形、そして9000形を置き換え、現在まで312両が製造され小田急通勤型車両において最多両数を誇り、6両編成と8両編成が存在して小田急線内で快速急行・急行から各駅停車まで、地下鉄千代田線に乗り入れる列車以外の列車に導入されており、従来から活躍している5000形や8000形・1000形との併結も日常的に見ることができます。

これまでの小田急スタイルから一転したスクエアなスタイルをしていますが、一見同じように見えましても製造年次によりマイナーチェンジが行なわれ、その形態は何種類か存在しています。

さて、現在の小田急通勤型車の主力である3000形、最初に導入された車両、一次車はその後導入された車両とは大きく異なっています。まずは3000形一次車のビジュアルをご覧ください。

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幅1.6mのドアを持つ3000形 一次車 3254F 小田原方先頭 3554 2008年1月14日 町田で筆者撮影

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一次車の中間車のサイドビュー 3253Fの2号車 3503 2008年1月14日 向ヶ丘遊園で筆者撮影

現在大量増備がなされた3000形の一次車は、このように1.6mのドアを装備して登場しました。2000形のあとを受けての仕様となりました。この仕様は6両編成4本しか存在しませんので、運行距離が長くしかも急行系から各駅停車まで幅広い運用に就く3000形ですので、見つけるのは少々難しいかもしれません。

この3000形は、デビュー当初はこんなスタイルでした。

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3000形デビュー当時はこんなスタイルでした。 3552 2002年3月10日 小田急多摩センターで筆者撮影

デビュー当初の3000形は前面窓下の青帯が太く、車号部分も青でした。その後三次車から現在の細い青帯になり、それ以前の車両も同様に改められました。

3000形二次車からは、側ドアは一般的な1.3m幅になり戸袋窓もなくなりましたので、よりいっそう標準設計を踏襲した車体になりました。

さて、この間増備が続いた3000形でしたが、ここでまた特異車が登場しました。それが、冒頭の画像に登場している3263Fです。まずは、この編成でのビジュアルをご覧ください。

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多摩線の運用に就いていた 3263F 2008年1月14日 小田急多摩センターで筆者撮影

この編成は、中間のM車デハに大きな特徴があります。6両編成の中間3両はこんな外観になっています。

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3263Fの2号車 3413 2008年1月14日 小田急多摩センターで筆者撮影

この編成の中間車デハ3両は、ご覧のように台車部分に防音カバーが付けられているという特徴があります。小田急では長い年月をかけて東北沢~和泉多摩川間の複々線化が行なわれていますが、その完成が大きく遅れている原因の一つに、沿線の騒音の増大が懸念され訴訟にまで発展したという状況がありました。その状況を改善するためにこのようなカバーをつけて、発生する騒音を減らそうとしたという試みが行なわれました。この3263Fも、入線当初から姿が変わっています。入線当初はこんなスタイルをしていました。

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3263Fの入線当初は、全車床下全面が防音カバーで覆われていた 試運転中のシーン 2004年2月11日 小田急多摩センターで筆者撮影

この画像は、たまたま営業運転開始前の試運転に遭遇したことからあわてて撮影したもので、このような画像になってしまっていますが、この編成の入線当初は全車両がこのような防音カバーで床下全面が覆われていました。今見ましても異様な姿をしています。当初はこれで騒音を減らそうとしていました。結局このような床下全面を防音カバーで覆った3000形はこれ以降は登場せず、3263Fも中間M車デハの台車部分を除いて防音カバーは外されました。しかし、床下を覆うカバーはその後登場したロマンスカー50000形「VSE」に採用されていますので、本来の目的とは異なっているかもしれませんが、この編成で試験を行なった防音効果が活かされたといえるかと思います。

今や小田急通勤型車の主力になった3000形、その外観は特に特徴といえる特徴もない平凡な車両ではありますが、製造年次による差異とともに、このような特異車も存在しています。運行距離が長いだけになかなかお目にかかることは難しいかと思いますが、何かの機会にでも注目してみてはいかがかと思います。

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コメント

小田急関係者(OB)にうかがったところ「これは何と言う電車だ、こいつはなんとかせねば」ということで、デザインを都度リファインしては小田急のセンスを盛り込んで行ったようです。先頭車の帯を細くするなどもその表れだそうです。

また運転台関係は出るたび変っているので1次車と4次車ではけっこう異なるようです。

投稿: SATO | 2008.01.17 23:24

SATOさん、コメントありがとうございます。

小田急3000形、登場したときは「何だこれは」と思ってしまったほど、あまりにも小田急というカラーが失われたデザインに叫喚したのは事実ですが、やはり小田急関係者にもそう思われた方がいらしていたのですね。それが全面の帯デザイン変更というのはなんとなくわかる気がします。

その後、製造年次のたびにマイナーチェンジが行なわれて、形態が何種類も存在している、その中に3263Fのような特異車も存在しているのですから、平凡な車両だからこそバリエーションが存在するということなのでしょうか。

投稿: Kaz-T | 2008.01.18 00:05

居住地の関係で、小田急では3000系に接する機会が多いのですが、2600系、4000系、9000系の代替車だからですね。「ツリカケと非冷房の江ノ島線」の伝統です(苦笑)。

ある意味小田急に迷いのあった時代の新車ということなのでしょう。増備される度に仕様が変わりました。ワイドドアは混雑率の低下で必要性が下がり、箱根登山サンモリッツ号のデザインを参考にしたといわれる前面デザインも、結果的に不評でした。

助手席側にオフセットして非常口を設置できる仕様でしたが、地下鉄直通車は走ルンです兄弟車の4000系でということになり実現せず、このあたりは納入価格の問題という一面と、鋼製車時代に納入実績のあった東急車輛の巻き返しとも取れます。

逆に日車ブロック工法だったから、ロット単位での仕様変更に柔軟に対応できた可能性もありますので、この辺は一長一短ありそうですね。

投稿: 走ルンです | 2008.01.19 09:30

走ルンですさん、コメントありがとうございます。

3000形は確かに製造ロットで変更がなされておりますので、おっしゃるとおりで小田急としての「迷い」があったのかもしれません。その後地下鉄乗り入れ仕様になった4000形がJRのE233系ベースとなったことからも、価格などある意味有利と考えられる方式で製造されたかと思います。

しかし、ロット単位で仕様が変更されながらも小田急3000形は312両導入され、現在の小田急通勤型車の最多形式になりました。標準設計だからこそ、短期間でこれだけの両数が導入できた、ということになるのかもしれません。

投稿: Kaz-T | 2008.01.19 23:47

実は3263編成以降に製造された編成は、防音カバーが設置出来るよう準備工作されていたのですが、結局は3000形全編成のカバー採用には至らなかったようです。

また、3263編成以降のモニタ装置はJRE231系のTIMSベースのTIOS(4000形・VSE・MSEにも採用)と1・2次車とは全く違う物が採用されていて、個性は少ない物の3000形は現在の小田急車の基礎を作り上げた車両と言っても過言では無いと思います。

投稿: astroboy-nj | 2008.01.31 20:40

astroboy-njさん、コメントありがとうございます。

三次車以降の車両には、スカート取付準備がしてあったのですか、確かに1編成に取り付けてその効果が認められられなかったことなのでしょう。

小田急3000形は製造年次により外観はともかく、内部まで異なっているのですね。増備のたびに改良が重ねられて完成に近付いてきたということなのでしょう。

投稿: Kaz-T | 2008.02.02 00:56

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