さようなら 総武流山電鉄「流馬」号
秋晴れとなった今日で終焉を迎えた列車があります。常磐線の馬橋から流山を結ぶ総武流山電鉄の2000形車両の1編成、水色の車体の「流馬」号です。この編成の最後の姿を見に行ってきました。

本日の運行をもって引退した総武流山電鉄2000形「流馬」号 2007年11月18日 流山で筆者撮影
本日で引退を迎えた「流馬」号は、元西武鉄道801系を譲り受け1997年から水色の車体で3両編成で運転を開始しました。3両編成ということで運用は平日のラッシュ時間帯が中心でしたが、今回引退することになり日曜日の今日運転されました。
さて、常磐線の馬橋駅に着きますとちょうど「流馬」号が入線していましたので、まずは常磐線ホームから撮影してみました。

2007年11月18日 馬橋で筆者撮影(JR常磐線ホームから撮影)

出発していった「流馬」号 2007年11月18日 馬橋で筆者撮影(JR常磐線ホームから撮影)
出発を見届けてから、流山電鉄のホームに入り、今度は入線のシーンを撮影してみることにしました。総武流山電鉄は馬橋~流山の全長5.7キロのミニ路線です。流山から戻ってきた「流馬」号を撮影してみました。

2007年11月18日 馬橋で筆者撮影
「流馬」号はこれで引退ということで、ヘッドマークが付けられていました。

「流馬」号 流山方先頭 クモハ2004 2007年11月18日 馬橋で筆者撮影

流山方先頭のヘッドマーク

「流馬」号 馬橋方先頭 クハ22 2007年11月18日 馬橋で筆者撮影

馬橋方先頭のヘッドマーク
このあと「流馬」号に乗車して、終点の流山に到着しました。


流山に到着した「流馬」号 2枚とも2007年11月18日 筆者撮影
流山まで乗車後は「流馬」号の走行シーンを撮影しようと各所で撮影してみました。

2007年11月18日 小金城址で筆者撮影

「流星」号と並ぶ 2007年11月18日 流山で筆者撮影

2007年11月18日 鰭ヶ崎~平和台で筆者撮影

2007年11月18日 鰭ヶ崎で筆者撮影

2007年11月18日 馬橋~幸谷で筆者撮影

2007年11月18日 幸谷で筆者撮影

2007年11月18日 小金城址~鰭ヶ崎で筆者撮影

2007年11月18日 小金城址~鰭ヶ崎で筆者撮影

2007年11月18日 小金城址~鰭ヶ崎で筆者撮影
これら撮影中に、いつもお世話になっておりますred starさん、melonpanさん他お仲間の皆様方とお会いしました。いつも顔を合わせる皆様方と、撮影後再び馬橋に向かいまして、「流馬」号最後の列車に乗車することになりました。

「流馬」号最後の列車出発前の様子 2007年11月18日 馬橋で筆者撮影
最後の列車ということで「新撰組」に扮した方から花束の贈呈があったようです。そして流山方先頭には「惜別」の札が付けられました。

「流馬」号最後の列車の流山方先頭に付けられた「惜別」札
こうして14:40に「流馬」号最後の列車は馬橋を出発しました。沿線にはこの列車の姿を撮影しようと多くの人が訪れこの編成に別れを告げていました。そして「ご愛好ありがとうございました」という車内アナウンスも行なわれて、終点の流山に到着しました。

流山に到着した「流馬」号 2007年11月18日 筆者撮影
流山到着後、多くの人が「流馬」号を撮影していました。やがて反対側ホームに停車していた「流星」号が出発すると入換が行なわれて、検車区に入庫しました。

検車区に入庫した「流馬」号 2両編成の「青空」号と並ぶ 2007年11月18日 流山で筆者撮影
検車区へ入庫して「流馬」号の運用はすべて終了しました。
その後、「青空」号が出庫し、留置線に停車中だった「明星」号が検車区に入庫したあと、サプライズがありました。

何と、「流馬」号は再び動き出し、検車区の前まで引き出されました。

引き出された「流馬」号 2007年11月18日 流山で筆者撮影
その後は、ヘッドマークや方向幕を変えて撮影会状態となりました。





いずれも2007年11月18日 流山で筆者撮影
ヘッドマーク、方向幕さらには「惜別」札を付けかえて展示された「流馬」号、最後の姿を記録できました。その後、再び「流馬」号は検車区に入区して、パンタを下ろしました。

検車区へ入庫する「流馬」号 2007年11月18日 流山で筆者撮影

入区が完了しパンタを下ろした「流馬」号、「明星」号との並び 2007年11月18日 流山で筆者撮影
こうして、流山線にやってきて活躍した2000形「流馬」号は10年にわたった運転を終了しました。
流山線は編成ごとに塗装を変え愛称が付けられていますが、この「流馬」号に代わる車両の導入はなく車両数減となります。これは、2005年に開業した「つくばエクスプレス」の影響により、利用客が減ったという状況にあり、ラッシュ時でも3両編成が必要ではなくなってきたという実情があるようです。
普段は地域の人々の足として親しまれている流山線、今日は「流馬」号引退ということで多くの人が訪れました。引退の理由がいわゆる「リストラ」とは寂しいものがありますが、これからも残された車両たちによって、流山の人々に親しまれる総武流山電鉄であってほしいと思います。
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この記事へのコメントは終了しました。


コメント
幼少期は西武新宿線沿線に住んでいたので、西武時代でも乗った事がある思い出の車両でしたが、つくばエクスプレスの影響での引退は、胸が詰まる物があります。
お別れ運転のヘッドマークは、製造を手がけた西武所沢工場の銘板を模したになっているだけでなく、惜別のプレートもかつての西武の小型種別板を彷彿させる出来なのも憎い演出ですね。
投稿: astroboy-nj | 2007.11.19 00:23
astroboy-njさん、コメントとトラックバックをありがとうございます。
流山電鉄の「流馬」号はこれで引退しました。この路線はやはり「つくばエクスプレス」の影響で利用客が減っている状況のようで、一説ですとラッシュ時の3両編成で席が埋まるくらいしか乗車していないということも聞き及んでいますので、リストラ策ということで引退となってしまったのかと思われます。
本家西武鉄道でも、このスタイルの101系も今や多摩湖線国分寺口が風前の灯火状態で、残りは多摩川線封じ込め状態ですので、西武スタイルの一時代を築いた車両が譲渡先でも姿を消すことになります。「惜別」の札はまさに元西武の車両であることをうまく利用した、心憎い演出であったと思います。
今度はぜひ、流山電鉄をじっくりと巡ってみてはいかがかと思います。
投稿: Kaz-T | 2007.11.19 01:18
こんにちは、みゃあみゃあです。私も昨日の午前中、出撃して来ました。朝9時という早い時間だったので、まだファンの姿はまばらでした。
どうやら乗られたのは9時43分の便ですね。私と安比奈氏も乗っていました。(私の姿が5枚目の写真に小さく写っています。髪の毛を切ったので、お気づきにならなかったのかもしれませんね。)
車内放送が「この列車は『ファイナル』流馬号です」と放送していたのが印象的でした。
この日は流山市運動公園で「JAまつり」が開催されていましたが、その賑わいを少し分けてもらいたかったな、という感じでしたね。それでも最後には、ファンへの感謝の気持ちをこめた、特別な計らいの撮影会があった様で何よりです。
投稿: みゃあみゃあ | 2007.11.19 10:58
みゃあみゃあさん、コメントありがとうございます。
確かにその時間帯に、馬橋で「流馬」号を撮影しておりました。全く気がつかずお声をおかけしませんでしたことを、お詫びいたします。
総武流山電鉄は、つくばエクスプレスの影響を受けてしまいまして、利用客が減少しています。そういうことで3両編成列車削減ということで「流馬」号が引退となりました。以外にも多くの人がこの日は流山線を訪れており、運転終了後の撮影会はサプライズ以外何者でもないと感じました。
これからさらに厳しい状況になっていくかと思われますが、地域の人々に親しまれて総武流山電鉄が走り続けることを願うのは、この日集まった方皆そうだと思います。
投稿: Kaz-T | 2007.11.20 00:07