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2007.03.25

北総「さよなら7000形と撮影会」に行ってきました

今日は、朝から雨嵐が吹き荒れる天候でした。そんな中、北総鉄道でこの3月で引退する7000形のさよならイベントが開催されました。このイベントに行ってきました。

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今日のイベントでお別れ 北総7000形 2007年3月25日 印西牧の原で筆者撮影

北総7000形は、北総線開業当初からの車両で外観がΣ型の前面は拳を連想させることから「ゲンコツ」として親しまれた車両でした。今日は、この引退にあわせて記念乗車券が、さらに各駅券売機でパスネット(PASMO導入が始まったのに未だにパスネットかい、という突っ込みはなしでお願いいたします。)が発売されました。

本日開催された、北総7000形のさよならイベントは事前に往復はがきで申し込む抽選方式でした。自分も往復はがきで申し込んだところ、珍しく当選通知が来まして今回のイベントに参加することができました。

今回のイベントは、まず印西牧の原~矢切の往復で7000形の臨時列車に乗車したのち、戻ってきた印西牧の原からはそのまま車両基地に向かい、写真撮影会という内容でした。印西牧の原集合が9時と早かったのですが無事に到着して受付を済ませました。

Hokuso7000ticket
今回の北総7000形さようならイベント列車の特別乗車券(上)と乗車証明書(下) 筆者所蔵

受付後は、まだ早かったので駅コンコースで待機となりましたが、列が伸びてくると後ろのほうは雨風があたる吹きさらしの場所になってしまいました。ちなみに印西牧の原駅周辺は広大な空き地が広がっているという状況で、今日みたいな日にはとても堪えたのではないかと思います。

さて、9時を過ぎるとホームへ誘導され、受付時に貰ったリボンの色で乗車する号車が決められており、自分は2号車(京成高砂方から2両目)に乗車しました。そして、7000形が入線してきました。まず出発前に撮影してみました。

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さよなら運転列車の京成高砂方先頭は7004 2007年3月25日 印西牧の原で筆者撮影

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こちらは印旛日本医大方先頭 7003 2007年3月25日 印西牧の原で筆者撮影

今回のさようなら運転は、先に運転されたとは別デザインのヘッドマークが付きました。

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印旛日本医大方先頭7003のヘッドマーク

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京成高砂方先頭7004のヘッドマーク

このあと9:37に7000形最後の列車となったこの臨時列車は、印西牧の原を出発しました。車内では車掌さんによる北総鉄道の経緯と7000形についての説明がありました。外は相変わらずの雨が降っている状況でしたが、通過する各駅では北総7000形最後の走行シーンを撮影しようと、多くの人が訪れていました。列車は矢切までノンストップで、矢切ではドアは開けず10分ほど停車してから折り返して印西牧の原に戻りました。戻りの道中では最高速度である105キロでの運転も行われました。その特異なスタイルが特徴だった北総7000形、最後の力走となりその走りを堪能しました。外は相変わらずの雨模様でしたが、これは千葉ニュータウンの発展と共に活躍してきた北総7000形の引退を偲んだ涙雨だったのかもしれません。

印西牧の原到着後はそのまま車両基地に入庫となり、イベント参加者はそのまま車両基地まで乗車しました。そして、車両基地内で印旛日本医大方先頭で撮影会となりましたが、撮影の方法は線路内での撮影は号車ごとに時間を区切って行われました。また、会場手前では7000形に付けられたヘッドマークが展示されていました。

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展示された7000形に付けられていた「さよなら」ヘッドマーク

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毎年恒例のイベント「ほくそう春祭り」のヘッドマーク 今年も4月に開催予定

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撮影会会場の様子 2007年3月25日 印西牧の原車両基地で筆者撮影

早速順番が来ましたので、線路内に入って撮影しました。

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撮影会で展示された7003 2007年3月25日 筆者撮影

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方向幕は変えられた 「普通 西馬込」 2007年3月25日 筆者撮影

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さらに変えられた「特急 西馬込」 2007年3月25日 筆者撮影

この7000形の隣には、これからも北総線で活躍する車両が並んでおり、こちらも撮影することができました。

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これからも北総線で活躍する車両 左から7800形・9100形「C-Flyer」・9000形 2007年3月25日 筆者撮影

これからも活躍する車両がこのように展示されましたが、7800形の方向幕は実車ではありえない「エアポート快特 矢切」という表示になっていました。

さて、再び7000形に戻りますと、また方向幕が変えられていました。別の角度から撮影してみました。

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「急行 川崎」表示 北総二期線(京成高砂~新鎌ヶ谷)開業・都心直通運転開始時に京急線内で見ることができた表示 2007年3月25日 筆者撮影 

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真正面から 方向幕は「普通 新逗子」 以前、北総車で新逗子まで行く運用があったとのことです。 2007年3月25日 筆者撮影

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「普通 千葉ニュータウン中央」表示 1995年3月まで終点だった 2007年3月25日 筆者撮影

こうしているうちに時間となり、線路外に出ました。そのあとですが、線路外からでしたら立ち入り可能エリア内であれば自由に撮影しても良いということでしたので、まずは中間車を撮影してみました。

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7111 印旛日本医大方から2両目の車両 2007年3月25日 筆者撮影

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7203 印旛日本医大方から4両目の車両 この車両は8両編成化に際に導入された車両で、2段式の窓が特徴 2007年3月25日 筆者撮影

さて、北総は京成・都営・京急に乗り入れているため、多彩な行き先表示を持っているようで、撮影会のときも時間で変えられました。この運転系統の複雑さを象徴するかのように使うことがなかったものまで登場しました。いわゆる「ネタ幕」が、今回も出現しました。撮影できたものを掲載します。

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「快特 成田空港」! 2007年3月25日 筆者撮影

北総の車両は、検査などのため京成線内宗吾参道まで入線することがあるそうなのですが、これは回送列車での話しで営業列車での入線はありません。この表示、この車両も2010年開業予定の印旛日本医大から先、成田高速鉄道の線路を走りたかったのでしょうか?

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「快特 印西牧の原」 2007年3月25日 筆者撮影

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「通特 矢切」! 2007年3月25日 筆者撮影

北総線では平日朝のラッシュ時間帯に上り列車のみに特急が走っていますが、通勤特急の設定はありません。矢切という行き先表示も怪しいです。「連れて逃げてくる」通勤特急なのでしょうか?

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「特急 羽田空港」 2007年3月25日

この表示はかつて京急線内でよく見ることができました。

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「急行 印旛日本医大」 2007年3月25日 筆者撮影

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「普通 矢切」 2007年3月25日 筆者撮影

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「普通 羽田」! 2007年3月25日 筆者撮影

これは懐かしい幕です。ちなみに羽田駅は現在の天空橋駅です。

時おり強い風が吹き、雨が吹き付けるという最悪のコンディションの中、方向幕ショーは行われました。幕を変える途中でも「上野」やら「金町」「小岩」「東中山」「津田沼」「大和田」「うすい」「千葉中央」「大森台」「新町」といった表示が入っていたのを確認しました。また、近くにいた北総の方にお聞きしたところ、「京成関連の幕は入っているが、新京成線までは入っていない」とのことでしたので、北総線開業時に見ることができた「松戸」といった表示はありませんでした。

そうこうしているうちに撮影会の終了の時刻になりました。最後にはこんな表示が出ました。

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最後は「特急 三崎口」! 2007年3月25日 筆者撮影

北総2期線開業により、京成線・都営浅草線を介して京急線までレールはつながりました。北総車は新逗子には行ったことがあるようでしたが、もっぱら京急川崎、のちに羽田空港へ向かう運用になってしまいましたので、三崎口には行かなかったと思います。三浦半島の海を見たかったのでしょうか?

さて、イベント会場内では各種グッズの販売もありましたが、雨の中方向幕ショーに見入っていたものでずぶぬれ状態で、この会場で7000形引退記念の置物「ポリストーン」とともに、北総オリジナルのスポーツタオルも売っていましたので購入しました。

イベントも終了時刻になり、車両基地からは印西牧の原駅まで専用の列車が用意されました。

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印西牧の原駅までのお戻り列車 7500形7503F 2007年3月25日 筆者撮影

印西牧の原駅に戻る列車には、今回引退した7000形に代わって北総線で運転を開始した新型車、7500形の今年度増備の7503Fが充当されました。12:00ごろに車両基地を出発しました。駅に向かう途中で、7000形の隣に停車、この車内から7000形の最後の別れを告げて印西牧の原駅に向かいました。

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印西牧の原駅に到着した7503F 2007年3月25日 筆者撮影

この列車を降りて、印西牧の原駅の改札を出てイベントは終了・解散となりました。

北総線の開業は1979年、この当初から活躍してきたのが7000形でした。「ゲンコツ」と形容された独特なデザインと、当初は固定窓・つり革のない車内など多くの特徴があった車両でした。千葉ニュータウンの発展と共に活躍してきた北総7000形、千葉ニュータウン地域から都心へ・そして羽田空港を結んだ車両でした。

今回、このようなイベントに参加することができて、この車両の最後に立ち会うことができ、その姿を収めることができました。
千葉ニュータウン地域の発展に貢献した北総7000形、その活躍をたたえると共に、独特な外観を記憶に留め語り継いでいこうではないでしょうか?


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さようなら 北総7000形(2007年3月4日)

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コメント

こんばんは、悪天候の中辺鄙なニュータウンまでわざわざご苦労様です。(こちらは地元ながら、体調不調で一日中家の中でした)
7000形は今月に入ってから、さよならヘッドマークの取り付けが行われたものの、車内の掲示類なども特に変化はなく、一般営業運転では余りパッとしない感じを受けましたが、さよなら運転での両側で異なる特製ヘッドマークは注目ですね。
またさよなら運転列車の運行終了後に車両基地で撮影&印西牧の原駅までの特別列車乗車と言うのは随分と貴重なもので、さわやかきっぷ発売日にも関わらず、高額なさよなら列車運賃を払っただけの価値ありといった所でしょうか?
それにしてもこの天気、昨年の小田急9000形ファイナルの時を思い出しますね。

投稿: MAKIKYU | 2007.03.26 01:04

北総7000系、デビュー当時からインパクトのあるデザインは、引退すると言うのに、色あせてないところが凄いですね。
この頃の私鉄新型車両はJR231系のボディを、ある意味流用しているのが多くて残念です。会社毎のデザインが違うからこそ、面白みがあったのですが、やはりコスト削減が重く圧し掛かっているのでしょうか?

7000系みたいな、デザインの車両、今後も出てきて欲しいですね。
お疲れ様でした。

投稿: がいや | 2007.03.26 14:22

 北総7000系、羽田空港に行く時に、よく乗りました。
 インパクトのある前面形状と裏腹に、戸袋窓?に貼られたステンドグラスのシールなど車内の垢抜けなさが印象に残っています。
 何となく、早すぎる引退という気もしなくはない分、ちょっと寂しい気がしますね。

・・・、東武や西武で走れんかな? 軌間変更は必要だが。

投稿: ふずりな | 2007.03.26 14:35

 こんばんは。イベントがあったことは知っておりましたが、自由参加ではなかったのでパスといたしました。

 何度か乗った記憶があるものの、写真にはほとんど収めておりませんでした。そんなわけでわずか一枚だけですが、私の記事の中に上げておきました。その記事からTBを投げておりますので、ご参考までに。

投稿: mattoh | 2007.03.26 22:28

コメントいただきまして、ありがとうございます。

MAKIKYUさん>
この大雨の中、おっしゃるとおり駅前は何もない印西牧の原に行ってこのイベントに参加してきました。
基地線区間の乗車など、貴重な体験となった内容もありましたが、北総の顔とも言うべき7000形のさよならイベントに参加できたということで、Pricelessな価値があったイベントであったと思っています。

がいやさん>
北総7000形の特徴は、まさに前面の「ゲンコツ」と形容された独特なデザインにあったと思います。近年の標準化の流れの中では今後、これだけインパクトのあるデザインの通勤型車はもう出てこないでしょう。これまでの活躍を労いたいと思います。

ふずりなさん>
北総7000形は、千葉ニュータウンの人々の足として活躍してきましたが、おっしゃるとおりで羽田空港へ行く際にも乗車する車両であったと思います。知名度的には低い会社であっても、この車両の存在感は京急線内でも相当のものがあったと思います。引退は確かに早い気もしますがそれでも28年間走り続けた車両ですので、もうそれだけ年月が流れてしまったと改めて感じました。

mattohさん>
トラックバックもいただきまして、ありがとうございます。
もう引退のときが来てしまったように感じる北総7000形でしたが、それだけ年月が流れてしまいました。
独特な「ゲンコツ」スタイルの前面の車両が姿を消すのは、やはり寂しく思います。

投稿: Kaz-T | 2007.03.27 01:18

 はじめまして。ワタクシも当選通知を頂きまして、SUPERド田舎GIF県O垣市から「ムーンライトながら」で上京しました。記事を拝見すると1~3号車乗車のようですね。最終組の親子連れの方には悪いですが、雨が降っていない一番良い時間帯でしたね(ワタクシも最初の組でした)。
 子どもの頃、図鑑を見て強烈な印象を受けた7000形ですが遂に引退、歳食ったなぁと思う今日この頃。大学生時代は立川~千葉という遠距離通学をしていたんで、毎日ルート変更しながら帰宅、北総や京成にも何回か乗りましたが、ついぞ7000形には乗ることができませんでした。だから今回のイベントに参加できて本当に良かった。最近は共通仕様が多くなって没個性・統一的な系列が多いですが(特にJR東海の313系とか)、成田空港新線が開業したら7000形みたいな車両造ってくれないかなぁ…債務超過の現状では無理か…

投稿: をのこ | 2007.03.27 11:20

をのこさん、弊ブログにようこそお越しくださいました。コメントいただきましてありがとうございます。

そんな遠いところからわざわざ来られたようで、それだけ見所が多かったのではないかと思います。

自分が撮影会のときはちょうど雨が止んでいたときではありましたが、その後の方向幕に見入っている間に雨が吹きつけ、結局ずぶぬれになりました。

おっしゃるとおり、近年の特に通勤型車両は共通化という方向性の中でどれも似たり寄ったりな感じになってきているのは事実です。もう北総7000形のような個性的なデザインの車両は出てこないのでしょうか?
この車両の引退はやはり惜しかったと感じました。

これからも、弊ブログをよろしくお願いいたします。

投稿: Kaz-T | 2007.03.27 23:14

こんばんは。
北総の撮影お疲れ様でした。

私のほうは先週の土曜に仙台空港線に乗り、日曜に燕三条に行ってきました。
ムーンライトえちごで新潟入りしてましたので、地震は燕三条のホームで遭ってしまいました。
帰りはかなり大変でした(「とき」が突然東京まで各駅停車になってしまい、実質旧「とき」の復活)が、200系の幕を全部撮影し、やまびこ・なすの・あさひ・とき・たにがわの行先を全てブログで公開しましたのでご覧頂ければと思います。

先日仙台の国鉄型車両の引退という記事がありましたが、ダイヤ改正後の現在でもちゃんと走ってましたよ。
しかも「仙台シティラビット」にも充当されています。

投稿: TOMO-k | 2007.03.28 00:39

TOMO-kさん、コメントありがとうございます。

当選したもので、北総7000形のさよならイベントに参加してきました。あいにくの天気でかつ、これだけのネタ幕を撮影したもので、ずぶぬれになりました。

しかし、燕三条の展示はまた災難でしたね。しかし、これで多くの方が被災されたことを思いますと、そうは言ってられないのではないかと思います。
仙台の旧国鉄型車両はまだ健在で「快速」運用もありましたか。仙台空港アクセス鉄道も開通し、E721系も乗車できなかったもので近々訪れてみようかと思います。

投稿: Kaz-T | 2007.03.29 22:15

この記事へのコメントは終了しました。

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