« 京成3600形の変則編成に遭遇 | トップページ | 峠のロマンへ「SL碓氷号」 »

2005.07.10

その昔、この電車に乗った人にはご利益があったという

先ほど、新京成で京成津田沼を降りたとき、上野行き普通で停車中の列車があり、新京成N800形や京成3600形の変則編成を撮影後、快速で追いかけて青砥から乗車した車両が、こんな車両でした。

IMG_1463
3200形 3295F 2005年7月9日 京成関屋で筆者撮影

この車両は現在、京成で今も残っている一般車で唯一の片開き扉の車両です。
さらにこの編成について紐解きますとその昔、京成電鉄の看板列車で上野から成田を結んでいた座席指定制の特急「開運号」用に製造された車両です。
この車両は3200形に含まれ、この形式では両開きドアになっていたのですが、2編成3290番台の編成は片開きドアで登場し、車内はクロスシートでトイレの設備もあったそうです。

京成電鉄は、社名が示すとおり、東京上野から成田山新勝寺への参拝客を輸送する目的で開業した私鉄で、この3200形3295Fも登場時は、成田山へお参りする人を乗せ、その列車名のとおり乗車して運が開いたというご利益があったかどうかは定かではありませんが、いずれにしましてもそれだけ信仰心の厚い方々を乗せて走っていました。
その後、1973年にのちに「スカイライナー」になるAE1形の導入により一般車に格下げとなり、その後更新が行なわれて現在のスタイルになっています。
なお、更新が行なわれた際に、3200形3290番台のもう1編成、3291FはVVVF試験車になり前面のヘッドライトが角型になっていたのですが、こちらは惜しくも2003年に廃車になってしまい、現在はこの3295Fが残っているのみです。

IMG_1466
2005年7月9日 折り返して金町行きを堀切菖蒲園で筆者撮影

京成電鉄の歴史を語る上で欠かせない、特急「開運号」で活躍した栄光を今に伝える3295Fですが、この編成も見るのは困難です。4両編成ですので本線・千葉線・千原線の普通か金町線の折り返しの運用についていると思われます。
さらに現在、ステンレス車体を持つ3500形にも廃車が出ている中、この3295Fは今後の3000形増備によりいつ運用を離脱し引退するか分からない状況であると思います。
記録できるのは、本当に今のうちなのかもしれません。

|

« 京成3600形の変則編成に遭遇 | トップページ | 峠のロマンへ「SL碓氷号」 »

レアもの」カテゴリの記事

カテゴリー京成・新京成・北総」カテゴリの記事

コメント

スカイライナーのネーミングに応募しました(詳しくは拙HP)開運号が走っていた頃も覚えています。
あの頃の京成はテープで次駅案内をしていました。今のような自動ではなく、車掌がタイミングを見計らってボタンを押すバスのようなシステムでした。残っているのが奇跡のような状態ですね。

投稿: SATO | 2005.07.10 09:50

その次駅案内のテープ放送を聞いたことがあるTOMOです。あの頃の京成の自動放送は、まるで路線バスです。駅のアナウンスの時に駅近くの商店の案内も入っていたと思います。お墓参りでお花茶屋駅を利用していますので、幼い頃は良く聞きました。

元特急車の払い下げ車、まだ残っていたんですね。3290番台のもう1本はVVVF試験車に改造され、しばらく活躍していましたが、今では廃車になってしまいましたね。

京成では新3000形の投入で、未更新の3500形を廃車にしているようですから、もう少し活躍は見られるかもしれませんが、片開きドア車だけに油断は出来ませんね。

投稿: TOMO | 2005.07.10 13:50

コメントいただきまして、ありがとうございます。

SATOさん>
その昔、テープで案内放送を行なっていたとは初耳でした。現在、京成では自動放送もまだ行なわれていないと記憶していますので、随分と先進的なことを行なっていたのですね。
さて、この3295Fですが、いまだ健在であったとは驚きまして、撮影し記事にした次第です。
おっしゃるとおり、奇跡的なことであると思います。

TOMOさん>
コメントにもありますように、かつての看板列車、特急「開運号」に使われていた車両が今もこの1編成が残っています。
最近の京成の車両置き換えが未更新の3500形も対象になっていて、どういう順番で置き換えられているのか、わからない状況です。そういう意味で、この3295Fが今日残存しているのはある意味奇跡的であり、いつ置き換えられても不思議ではないと思っています。

投稿: Kaz-T | 2005.07.11 00:41

TOMOさんも聞きましたか。私はセンター競馬場前や谷津遊園に出かけたときに聞いています。確かこんな感じだったかと
「次はセンター競馬場前です。毎日健康に過ごすには牛乳、牛乳のことならセンター競馬場駅歩いて3分の**牛乳店まで。次はセンター競馬場前です」
よく宣伝が入っていました。ただ優等列車だけだった気もします。

投稿: SATO | 2005.07.11 23:39

SATOさん、コメントありがとうございます。

何だか、街中の路線バスのような内容の放送ですね。今でしたら都営大江戸線や、大阪の地下鉄でこのような放送が行なわれていますので、ある意味時代を先取っていたのかもしれません。

>ここで補足を
弊ブログをご覧になられている方の中で、まだお若い方(主に10代・20代の方)も多くいらっしゃると思われます。
先ほどのSATOさんのコメントにあります駅名ですが、「センター競馬場前」は現在「船橋競馬場」、「谷津遊園」は現在「谷津」という駅名になっています。
以上、補足させていただきました。

投稿: Kaz-T | 2005.07.12 23:40

はじめまして。ジョー万太郎と申します。
自分は京成電鉄の沿線の出身なので、特に京成の片開きドア車両は、特に強い思い入れがあります。それだけでなく、長年見られた京成らしい車内ぶりがこの車両には残っているようにも思います。それは、他の車両よりも車内が開放的に感じるのです。
しかし、時代とともに車両数が減り、今は気づけばこの4両だけなので、最後まで頑張って欲しいものです。

投稿: ジョー万太郎 | 2005.07.14 01:28

ジョー万太郎さん、弊ブログにようこそお越しくださいました。コメントいただきまして、ありがとうございます。

かつては多く見られた京成の片開きドア車も、いつの間にかこの3295Fのみなってしまいました。最近ではステンレス車体の3500形からも廃車が発生している中、今も健在であったとは驚いた次第です。
1枚ドアとそれにあわせた窓は、現在の3000形などと比べますと、おっしゃるとおり開放的に感じます。
かつては「開運号」として看板列車として活躍した3295Fがいつまで走るのか、気になりますが私も最後まで頑張ってほしいと思います。

投稿: Kaz-T | 2005.07.16 00:35

この記事へのコメントは終了しました。

« 京成3600形の変則編成に遭遇 | トップページ | 峠のロマンへ「SL碓氷号」 »