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2005.04.16

開通100周年 名鉄瀬戸線

今年に入って、話題がとにかく豊富だった名古屋鉄道、1月に空港線開業と新型特急「ミュースカイ」デビュー、これに伴うダイヤ改正と世代交代が、そして3月には惜しまれつつも岐阜市内線をはじめとした岐阜600V線区の廃線と、わずか3ヶ月の間で1年分以上の話題があり、もうこれで出尽くしただろうと思っていたところ今月に入り、名古屋市内の繁華街である栄町から瀬戸市の中心尾張瀬戸を結ぶ瀬戸線が開通100周年を迎える、ということで現在そのイベントが実施されており、名鉄ホームページのリリースによりますと、5編成の列車に記念系統板(ヘッドマーク)の取付が実施されているとともに、記念乗車券をはじめとした各種商品が現在発売中とのことです。

名鉄で現在、このような企画が実施されているとあっては関東在住であっても気になって仕方が無い、ということで本日、また名古屋を訪れ名鉄瀬戸線に乗車し、記念乗車券を購入したとともに撮影してきました。

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開業100周年の記念系統板(ヘッドマーク)を取り付けた瀬戸線6000系
2005年4月16日 尾張旭で筆者撮影

瀬戸線の終点、尾張瀬戸は陶磁器で知られるところで、ここで生産されたものは特に「せともの」と呼ばれるほど広く知れ渡っています。そして、毎年4月はせとものの陶祖である藤四郎を祀っている深川神社で「陶祖まつり」が行われるとのことで、今日はこの系統板をつけた列車も走っていました。

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「陶祖まつり」の系統板を取り付けた瀬戸線6000系
2005年4月16日 矢田~守山自衛隊前で筆者撮影

名鉄の路線網は、合併に継ぐ合併で関連した会社は多岐に渡り(現在廃線になった路線も含む)今日に至っています。今回取り上げている瀬戸線は1905年に瀬戸自動鉄道により開通し、のちに電化のうえ瀬戸電気鉄道と改称し、1939年に名古屋鉄道に合併されたという歴史をたどっています。このため、現在でも瀬戸線は他の名鉄線とはつながっていない、離れ孤島の路線です。

瀬戸線の歴史を簡単に掘り下げますと、名古屋市内のターミナルはかつて堀川というところにあって、このターミナルを発車するとしばらくは名古屋城のお堀の中を走っていたとのこと、また車両もかつては雑多な車両が多く走っていたとのことですが、1978年に1500Vに昇圧されるとともに栄町に地下線で乗り入れることになり、車両はある程度統一されたとのことです。ちなみに当ブログ内のマイフォト「惜別 名鉄岐阜600V線区」で公開している、揖斐・谷汲線で走っていたモ754も、瀬戸線でかつて走っていたそうです。

さて現在の瀬戸線では、名古屋本線などでも活躍している通勤車6000系が主力です。しかしそんな中離れ孤島の路線だけに、現在でも瀬戸線でしか見ることができない車両も存在しています。こちらについて触れたいと思います。

まずは6600系です。

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瀬戸線の近代化に貢献した6600系 
2005年4月16日 矢田~守山自衛隊前で筆者撮影

この車両は、1978年の1500V昇圧・栄町乗り入れに際して、当時本線系統に導入されていた6000系の瀬戸線版として導入されました。入線当初は非冷房であったそうなのですがのちに冷房化されています。
それまで、雑多な旧型車しか走っていなかった瀬戸線に新風を吹き込み、近代化に貢献した車両であると感じます。2両編成で存在していますが、現在瀬戸線は全列車4両編成で運転されているので2本つないだ4両編成で運用されています。

次は6750系です。

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瀬戸線のサービス向上のため導入された6750系 
2005年4月16日 矢田~守山自衛隊前で筆者撮影

この車両は、平成になってからの1990年に導入されました。前面は栄町の地下区間に対応するためでしょうか、貫通路が設けれらているほかは、この当時本線系統に導入が進んでいた6800系に近い車体構造になっています。
車号的には6000系列に含まれる車両に思われるかもしれませんが、この6750系は全く別物といっても良い車両です。と、いいますのも6750系は、この時代に走っていた旧型車から機器などを流用して作られた車両で、岐阜600V線区が廃止となった現在、名鉄にまだ残っている吊り掛け駆動車です。車体は比較的新しいのに、吊り掛けの音が鳴るというミスマッチといいますか、その落差に驚かされた車両でもあります。

現在、瀬戸市周辺では「愛・地球博」が開催中です。瀬戸線も、このアクセス路線を担うのではないかと思っていたのですが、リニモとJRの「エキスポシャトル」がメインとなって、この線は博覧会とは特に関連性は無いように思えますが、今回入手したチラシなどによりますと、瀬戸線の終点尾張瀬戸駅からもシャトルバスが運行されているとのことで、博覧会へ行かれる際にはこのルートはあまり知られていないだけに、混雑を避けたい向きの方にはねらい目かもしれません。ちなみに瀬戸線は名古屋の繁華街である栄に直通しており、名古屋駅からはJR中央線に乗車し、大曽根で乗り換えることができます。

その時、6750系に遭遇したら、今も残る吊り掛け駆動の音に浸ってみるのも一考かと思います。


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コメント

私が飯田線通いをした1977年頃は土居下仮終点時代だったようです。名古屋までは行きましたが、瀬戸線までは見なかったです。今思えば惜しいことをしました。
6600以外は本線から3850でしょうか。冷房車が入り旧型を一掃したと記憶しています。急行運転の担当だったようですね。
今では郊外線の趣きがある瀬戸線ですが、近代化当初はLRT区間に大型が走るようなイメージだったようです。

投稿: SATO | 2005.04.16 23:23

Kaz-Tさんの写真を拝見いたしまして、名鉄電車の識別灯の使用基準はどのようになっているのでしょうね。
本線でも普通列車は識別灯点灯しておりますし、5300・5700・6500・6800などは識別灯を装備していません。
本題から外れてしまい、申し訳ありません。
釣り掛け音、聞きたいですね。京王5100系以来、聞いていません。
かつて東急線からやってきた釣り掛け車が、名鉄本線を100km/hで走ったようですが。準急かな?

投稿: 富士見ヶ丘跨線橋 | 2005.04.17 22:28

コメントいただきまして、ありがとうございます。

SATOさん>
栄町駅コンコースで100周年を記念して、在りし日の瀬戸線の姿を描いた版画が展示していました。SATOさんのコメントにある土居下仮終点の絵もあり、ここでバスに乗り換えるため一時的なターミナル的な賑わいであったそうです。
今では実質上、本線系統と同等な車両が走っていますが、今でも急カーブか点在しており、その昔をどこか偲ばせます。

富士見ヶ丘跨線橋さん>
名鉄の識別灯まむしろ補助灯の役目で付いているように思います。そういう意味では、特に必要なものでもないといったところなのでしょうか?
さて、大手私鉄を探しても数少なくなった吊り掛け駆動車が、今も残っているのがこの名鉄瀬戸線です。記事にありますように、一見新型に思える車両が吊り掛け駆動車という点で、そのミスマッチも楽しめる路線です。
ぜひ、「愛・地球博」に出かけられた際には、乗車されることをお勧めいたします。

投稿: Kaz-T | 2005.04.18 21:50

瀬戸線いいですね、小牧線系から3300が
いなくなってしまったので、6750系は貴重...
とはいえ実は瀬戸線では大所帯、乗りに行くと
意外なほど飛ばすのでウレシイ!ですよね。
名鉄はまだまだ面白いです!

投稿: ie | 2005.04.21 09:20

ieさん、コメントありがとうございます。

今では名鉄に唯一残っている吊り掛け車6750系は、瀬戸線の専用車です。この日は数編成運用についていて、何本か送れば乗車できる状況でした。

近代的な車体に吊り掛けサウンドというミスマッチも面白い6750系が存在しているとは、おっしゃるとおり「名鉄はまだまだ面白い」です。

追伸>
最近ココログサーバーが重い時間帯があるようで、今回のieさんのコメントも二重に投稿されていましたので、1件は削除しました。ご了承ください。

投稿: Kaz-T | 2005.04.24 00:25

この記事へのコメントは終了しました。

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