カテゴリー「セレクト:廃止路線」の32件の記事

2017.09.30

1089.【JR東日本】さよなら信越線碓氷峠 記念乗車券・記念特急券

日本の鉄道の歴史において最大の難所であった区間。その最期を迎えるにあたり発売されたアイテムになります。
 
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 名称   :さよなら信越線碓氷峠 記念乗車券・記念特急券
 発行社局:東日本旅客鉄道
 発売日  :1997年8月--日
 値段   :3,000円
 購入箇所:横川駅
 シリアルNo.:0858
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1997年9月30日、信越本線の横川~軽井沢間の最終日となりました。この区間は碓氷峠と呼ばれ、66.7/1,000という国鉄・JR最急勾配区間として知られ、特急列車でも横川駅に停車して高崎方にEF63型電気機関車を2両連結し協調運転で軽井沢に向かっていたというところでありました。
 
碓氷峠区間の運転終了に伴い発売されました記念きっぷになります。横川~軽井沢・中軽井沢間の乗車券と特急券のセットになっており、表紙にはこの区間で運転されていたEF63型電気機関車、裏表紙には189系「あさま」があしらわれています。碓氷峠の最期に際しましては、この記念きっぷの他にもオレンジカードなど多くのアイテムが発売されたと記憶しています。
 
最終日は多くの人が訪れた碓氷峠区間、この日を最後に列車の運行は終了し翌日からは並行する道路をJRバスが運行するようになりました。
多くの人が訪れた碓氷峠区間、あの日から早くも20年が過ぎました。

2017.06.26

1005.【十和田観光電鉄】創立80周年記念乗車券

本日は青森県にかつて存在していた鉄道の創立日になります。1994年に創立80周年を迎えた際に発売されましたアイテムを公開いたします。
 
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 名称   :創立80周年記念乗車券
 発行社局:十和田観光電鉄
 発売日  :1994年6月26日
 値段   :660円
 購入箇所:十和田市駅
 シリアルNo.:0053
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青森県にかつて存在していた十和田観光電鉄は1914年に設立され、1922年に三沢から十和田市の全線が開業しました。80周年を迎えた1994年に発売された記念きっぷになり、この時代は東急から譲渡された3800形等の吊り掛け駆動車が主力でありました。
 
私はこの路線には2002年夏に乗車しています。乗車した際到着した十和田市駅で有効期限切れながらもまだ発売していたのを見かけて、乗車記念として購入したものです。2002年夏の時点でもこの記念きっぷにあしらわれている東急3800形等の譲渡車が活躍しておりこの車両に乗車しております。ただ、十和田市駅にはこの車両の置き換え用に東急から譲渡された7700系や両運転台に改造された7200系が入線しており、世代交代目前の状況でもありました。結局私はこの路線に乗車したのは、この時が最初で最後となりました。
 
その後の十和田観光電鉄ですが、輸送人員が減り続け2012年3月31日の運行をもって廃止となってしまいました。輸送人員の減少もありますが、この路線の始発駅である三沢駅が2010年12月の東北新幹線新青森延伸に際して新幹線が経由することなくJR線から切り離され第三セクター会社となったことや、新幹線に七戸十和田駅が開業し十和田市においての流動についてもクルマ等で直接新幹線駅に向かうようになったという変化があり、この鉄道に止めを刺した状況になりました。
 
廃線となった十和田観光電鉄ですが、車両基地のあった七百にてこの路線で活躍していた旧型車や電気機関車がボランティア団体により保存されているようです。また廃止前まで活躍した東急7700系の譲渡車はすべて解体されてしまったようですが、両運転台になった7200系については静岡県の大井川鐵道に譲渡され再起しています。
 
今となっては思い出になった鉄道路線、私の手元に唯一ある十和田観光電鉄の思い出になります。

2017.03.31

0859.【長野電鉄】長野電鉄屋代線廃止記念乗車券

信濃の地を走った路線、思い出になって5年が過ぎようとしています。
 
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 名称   :長野電鉄屋代線廃止記念乗車券
 発行社局:長野電鉄
 発売日  :2012年3月25日
 値段   :1,760円
 購入個所:須坂駅
 シリアルNo.:0609
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長野電鉄屋代線は、しなの鉄道の屋代駅から城下町松代を経由して須坂を結んでいた路線です。河東鉄道として創立した長野電鉄において初めて開通した路線であり、国鉄から湯田中への直通列車がこの路線経由で運転されたことがあります。しかし利用客の減少により2012年3月31日の運行をもって廃止されることになり、このような記念乗車券が発売されました。四季折々の屋代線写真画像と屋代線90周年の歴史を記載した台紙に、屋代→須坂、須坂→屋代の硬券乗車券2枚がセットされているというものになります。この記念きっぷは廃止後のGWの連休中に須坂駅で再販されたことから入手できたものになります。
 
屋代線廃止にあたってはこの他にも、各種記念きっぷ類が発売されました。私の手元にはこの他、このような記念きっぷが発売されており入手できました。
 
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 名称   :さようなら屋代線記念乗車券
 発行社局:長野電鉄
 発売日  :2012年3月--日
 値段   :各880円
 購入個所:長野駅
 シリアルNo.:0187
 備考   :乗車券は屋代→須坂と須坂→屋代があり
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廃止を前に発売されました記念乗車券になります。屋代→須坂の片道乗車券になりますが、同じデザインで須坂→屋代の片道乗車券バージョンも存在しました。
この記念きっぷは、長野の名産品の一つであるリンゴ味にジャンボガムが付いているというもので、包み紙が記念乗車券になっているというものになります。
ということで、この記念きっぷ発売から5年が過ぎましたが、中身のジャンボガムもそのままの状態で賞味期限はとっくに過ぎてしまいました。
 
2012年3月31日の運行をもって廃止となった長野電鉄屋代線、私はこの路線には何度か乗車することができ、廃止直前にも乗車することができました。今となっては思い出になった路線であります。

0858.【鹿島鉄道】さよなら鹿島鉄道 全駅硬券入場券

茨城県の常磐線石岡駅から鉾田駅を結んでいた鹿島鉄道、2007年3月31日の運行をもって廃止となってしまいました。廃止に際して発売されましたアイテムを公開いたします。

 

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 名称   :さよなら鹿島鉄道 全駅硬券入場券
 発行社局:鹿島鉄道
 発売日  :2007年3月--日
 値段   :2,550円
 購入箇所:通信販売
 シリアルNo.:0039
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廃止を迎えることになったことを記念して発売されました鹿島鉄道全17駅の硬券入場券のセットになります。あわせて開業時の鉾田駅入場券の模擬券が付属します。この記念きっぷは通信販売で入手しました。
 
さて廃線を迎えるにあたり、記念乗車券の発売もありました。
 
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 名称   :LAST RUN 硬券記念乗車券
 発行社局:鹿島鉄道
 発売日  :2007年3月--日
 値段   :2,510円
 購入箇所:石岡駅
 シリアルNo.:1376
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記念乗車券も硬券が台紙にセットされたものになっていますが、合わせて全線一日フリーきっぷも含まれています。鹿島鉄道では土休日に有効な一日フリーきっぷを発売しておりましたが、この記念きっぷに合わせて硬券タイプの様式のものが付けられました。
 
1924年に鹿島参宮鉄道として開業した鹿島鉄道、2007年3月31日の運行をもって廃止となり83年の歴史に幕を下ろしました。廃線となった後は一部区間がバス専用道路として整備されているようで、駅跡がバス停になっているようです。しかし、常磐線の石岡駅を見ますと鹿島鉄道時代の機関区の施設は跡形もなく、駅舎も橋上になり機関区跡地は駅前広場として整備されたようです。
 
私も何度か乗車したことがある鹿島鉄道、特に当時のブログで相互リンクをしていた方の主催で車両を貸し切ったオフ会に参加して、ここでお会いした方々とは今も交流があります。
そのような思い出もある鹿島鉄道、廃線となって早くも10年という年月が流れてしまいました。

2017.03.30

0856.【くりはら田園鉄道】さよなら くりはら田園鉄道 全線リレーきっぷセット

「くりでん」と呼ばれ親しまれたくりはら田園鉄道、この路線も命運が尽きてしまい、2007年3月31日の運行をもって廃止されることになりました。手元にこのような記念乗車券がありますので公開いたします。
 
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 名称   :さよなら くりはら田園鉄道 全線リレーきっぷセット
 発行社局:くりはら田園鉄道
 発売日  :2007年3月--日
 値段   :2,700円
 購入箇所:若柳駅
 シリアルNo.:1612
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廃止を記念して発売された記念乗車券、各駅から隣の駅までの硬券乗車券のセットになります。
 
自分は、栗原電鉄時代には乗車する機会はなく、くりはら田園鉄道になって廃止直前にようやく乗車することができたという路線になります。この記念きっぷは先に記事としました創立85周年記念入場券とあわせて、有人駅であった若柳駅で購入したものになります。
 
栗電からくりでんに存続を図ろうとしましたが命運が尽きてしまったくりはら田園鉄道、廃線となってから間もなく10年になります。現在旧若柳駅構内が鉄道公園としてかつてのくりでん車両が保存されているとのことです。
 
思い出になって間もなく10年という年月が流れてしまった、くりでんになります。

0855.【くりはら田園鉄道】くりはら田園鉄道85周年記念入場券

名鉄に導入されたレールバスのうち早い時期に廃車となったキハ10形の一部は、宮城県にあった「くりはら田園鉄道」に譲渡されました。2003年、会社創立85周年を記念して発売されました記念入場券が手元にありますので公開いたします。
 
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 名称   :くりはら田園鉄道85周年記念入場券
 発行社局:くりはら田園鉄道
 発売日  :2003年12月--日
 値段   :不明
 購入箇所:若柳駅
 シリアルNo.:2284
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くりはら田園鉄道は宮城県の北部、東北本線の石越から鉱山があった細倉を結ぶ路線で、1918年に栗原軌道として発足し、1921年に第一期区間が開業、細倉までは1941年に細倉まで全通、社名は栗原鉄道に変更、その後1950年に電化、1955年に762mmから1067mmに改軌し栗原電鉄となりました。その後紆余曲折がありましたが、1987年に細倉鉱山が閉山となり貨物輸送も終了、沿線の過疎化が進み利用客が減ってきた一方で存続を図ろうと1993年に第三セクター会社となり、1995年に再び気動車での運転となり社名を「くりはら田園鉄道」と変更しました。地元地域においては「くりでん」として親しまれた路線になります。
 
栗原軌道からの創立85周年を記念して発売されたくりでん全駅の硬券入場券がセットされていますが、駅により栗原電鉄様式とくりはら田園鉄道様式のものになっているという特徴があります。
 
今となっては思い出になった路線であります。

0854.【名鉄】歴代のLE carシリーズ SFパノラマカード

2004年3月31日の運行をもって名鉄三河線の碧南~吉良吉田間・猿投~西中金間は廃線となりました。これら路線では、LE carと呼ばれたレールバスで運行を行っておりましたが、これら路線の廃止に伴い名鉄からLE carは姿を消すことになり、記念アイテムが発売されました。
 
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 名称   :歴代のLE carシリーズ SFパノラマカード
 発行社局:名古屋鉄道
 発売日  :2004年3月--日
 値段   :3,000円(1,000円券3枚セット)
 購入箇所:
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広大な路線網を持つ名鉄においては、閑散路線の維持するため、運行経費の削減施策の一環としてレールバスを導入しました。1984年9月に2軸タイプのキハ10形が登場、八百津線(2001年9月30日の運行をもって廃止)にまずは導入され、翌1985年3月より三河線猿投~西中金間、1990年7月に三河線碧南~吉良吉田間に導入されました。これら区間においては架線は撤去し、LE carのみが走行できるという状況になりました。名鉄キハ10形は富士重工業製のレールバスLE carを導入した最初の事例となり、この後各地に誕生した国鉄ローカル線を転換した第三セクター鉄道において、同種の車両が多く採用されました。
 
当初は2軸のキハ10形で混雑時には2両連結で運転されたようですが、それでも輸送力不足となることから1987年にボギー台車を採用し車体を大きくしたキハ20形が導入されました。その後1995年には小型であったキハ10形の置き換えのため、車体をさらに大きくして一般鉄道車両様式としたキハ30形が登場しました。
 
八百津線そして三河線の末端区間で活躍してきた名鉄のLE carでしたが、2001年に八百津線が廃止となり、そして2004年に三河線の末端区間が廃止となったことにより、これら車両はすべて名鉄から姿を消すことになり発売されました、この当時名鉄で発売していたプリペイドカード「SFパノラマカード」になります。ただ、これら車両が運行されていた区間では使用することはできませんでした。
内容は歴代のLE carをあしらったカード3枚セットで、台紙にセットされています。
 
三河線末端区間廃止時にはキハ20形は3両、キハ30形は4両在籍したそうでしたが、これら車両は廃止後海を渡りミャンマーの地に譲渡されたとのことです。
 
三河線末端区間とともに思い出になって間もなく13年になる、名鉄のLE carになります。

0853.【名鉄】三河線 猿投~西中金間 おわかれ記念乗車券

奥三河の宿場町・景勝地を目指していた路線、廃線となってから間もなく13年になろうとしています。
 
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 名称   :三河線 猿投~西中金間 おわかれ記念乗車券
 発行社局:名古屋鉄道
 発売日  :2004年3月--日
 値段   :500円
 購入箇所:
 シリアルNo.:01750
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名鉄三河線は、山側についても猿投から西中金まで路線がありました。この路線はさらに三州街道の宿場町であり景勝地香嵐渓がある足助まで延伸する計画であったそうなのですが、資金難等の理由により西中金が終点となり足助へはバスで連絡ということになりました。
 
猿投から先は深い山間を進んでいく路線でしたが、ここも利用客の減少で1985年からLE-Carと呼ばれたレールバスでの運行となりましたが、こちらも2004年3月で廃線となりました。
 
猿投駅から先でレールは途切れていますが、バスでこの路線に沿って足助に行くことができます。
 
思い出になって間もなく13年になろうとしています。

0852.【名鉄】三河線 碧南~吉良吉田間 おわかれ記念乗車券

三河湾に面した港町を結んだ路線、廃線となってから間もなく13年という年月が流れようとしています。
 
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 名称   :三河線 碧南~吉良吉田間 おわかれ記念乗車券
 発行社局:名古屋鉄道
 発売日  :2004年3月--日
 値段   :500円
 購入箇所:
 シリアルNo.:01772
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名古屋本線の知立から碧南・猿投へそれぞれ向かう名鉄三河線、かつてはそこから先まで路線がありました。2004年3月31日の運行をもって、いずれも廃線となりました。まずは、海側の碧南から吉良吉田までの区間が廃線となることから発売されました記念乗車券になります。
 
三河湾の海に近いところを走る路線でありましたが、利用客が減り1990年にはLE-Carと呼ばれるレールバスにより運行されてきましたが、2004年3月で廃線となってしまいました。
 
碧南駅周辺は線路が途切れている状態ですが、吉良吉田駅についてはこの駅で折り返しとなり中間改札が設けられた蒲郡線のホームが、かつて三河線が発着していたホームになります。
 
思い出になって間もなく13年になろうとしています。

2017.03.23

0823.【鹿島鉄道】キハ601誕生70周年記念乗車券

今では思い出になった路線で運転されていた当時国内現役最古の気動車であった車両、その佳節に発売されましたアイテムになります。
 
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 名称   :キハ601誕生70周年記念乗車券
 発行社局:鹿島鉄道
 発売日  :2006年5月1日
 値段   :1,190円
 購入箇所:
 シリアルNo.:1839
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当時、茨城県に存在していた鹿島鉄道において運転されていた国内現役最古の気動車はキハ601でありました。この車両は1936年に当時の国鉄キハ42000形の1両として製造され、1957年にキハ07形と改番されましたが1964年で廃車となったあと、1965年に当時の鹿島参宮鉄道にやってきたという経緯があります。何度か改造が行われましたが、1982年に車体更新を行い製造時の丸みを帯びた前面から貫通路を設けた切妻式に変更されました。鹿島鉄道においては同型のキハ602とともに活躍してきました。
 
製造から70周年という佳節を記念して発売されました記念乗車券で、A型硬券の準常備券が4枚セットされたものになります。
 
私もこの車両には乗車したことがあり、前面形状こそ変わってしまいましたが、内装は板張りの床でありこの車両が刻んできた歴史を感ずることができました。
 
今となっては路線とともに、思い出になった車両であります。

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