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2022.05.14

1445.【北総】創立50周年記念入場券セット

千葉ニュータウン地域を結ぶ路線を運営する会社、創立から50周年を迎えました。

 

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 名称   :創立50周年記念入場券セット
 発行社局:北総鉄道
 発売日  :2022年5月10日
 値段   :3,000円
 購入箇所:東松戸駅
 シリアルNo.:7896
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創立50周年を迎えた鉄道会社は北総鉄道になります。1972年5月10日に北総開発鉄道として設立され、本年2022年で創立50周年の佳節を迎えました。

 

千葉ニュータウン地域の鉄道の運営を目的として設立された北総開発鉄道は、設立から7年が過ぎた1979年に第1期区間として北初富~小室間が開通、北初富からは新京成線松戸へ直通運転を行いました。この時当時の北総が用意した車両は7000形で、前面の形状から「ゲンコツ」と呼ばれた北総の顔であった車両になります。登場時は側窓は固定、車内は吊手を省略したという大胆な設計であったとともに、側面の青ラインは鉄道車両として初めて粘着フィルムを採用したそうです。1980年に鉄道友の会よりローレル賞を受賞しました。

 

1984年には当時の住宅都市整備公団により小室~千葉ニュータウン中央間が開通し、北総も千葉ニュータウン中央へ乗り入れを開始しました。1991年には2期線として京成高砂~新鎌ヶ谷間が開通し、京成押上線・都営浅草線経由で京急線京急川崎まで直通運転を開始しました。その後は当時の住宅都市整備公団のちに都市基盤整備公団により、1995年に千葉ニュータウン中央~印西牧の原間2000年に印西牧の原~印旛日本医大間が開通し、現在の北総線の路線となりました。一方で新京成線との直通運転は、1992年に新京成線の新鎌ヶ谷駅が開業したことから廃止となり、北初富~新鎌ヶ谷間の北総線も廃止となりました。

その後2004年に北総鉄道と社名を変更し、2010年には京成「成田スカイアクセス」として北総線が活用され、印旛日本医大~空港第2ビルまでの区間が京成の路線として開通し、京成スカイライナーやアクセス特急が運行される成田空港アクセスを担う路線になりました。

 

創立50周年を記念して、このようなアイテムが発売されました。北総で活躍した車両をあしらったD型硬券による北総線全駅(京成高砂駅を除く)の入場券が台紙にセットされ、合わせて開業時の7000形と現在の北総主力車両である7500形のポストカードがセットされているものになります。

 

北総開業時の7000形は2007年で運行を終了し、その後先頭車1両が西白井駅構内でシートにくるまった状態で保存されていましたが、創立50周年を迎えシートが外され見ることができるようになっているとのことです。また本年2022年秋からは運賃の値下げが行われるとのことです。開通後千葉ニュータウンの開発が思うように進まなかったことや、2期線京成高砂~新鎌ヶ谷間の開通に時間を要したことなどから利用客が増えず、近隣路線と比較して高額な運賃設定となっていましたが、累積損失が解消するとともに沿線地域からの要望等もあり実施されることになりました。

 

千葉ニュータウンのアクセスを担う目的で設立された北総鉄道、創立50周年の佳節を迎えました。

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2011年11月 ありがとう!京王井の頭線3000系

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    2011年12月、約49年にもわたり京王井の頭線で活躍してきた3000系、レインボーカラーに彩られ井の頭線のイメージを確立したこの車両も、ついに終焉となりました。最後の編成となったのはライトブルーの3028F、この編成は1987年に入線し活躍してきました。 末期には朝のラッシュ時間帯に運よく富士見ヶ丘~渋谷の1往復の運用にしか就かなくなってしまった3000系、2011年11月には「さよなら運転」として日曜日の昼間に井の頭線全線で運転され、最後の走りを披露しました。また11月20日には富士見ヶ丘車両基地において「ありがとう3000系フェスタ」も開催され、事前申込制であったこのイベントにも参加して、最後の姿を見てきました。井の頭線沿線で生まれ育ち、それこそこの車両の活躍をみて育ったと自負する私にとって、感慨深い月になった2011年11月、3000系最後の姿をぜひ皆様にご覧いただきたいと思います。

中央線201系

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2002年100周年を迎えた江ノ電

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惜別 名鉄岐阜600V線区

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    2005年3月31日、惜しまれつつも廃止を迎えた名鉄岐阜市内線・揖斐線・美濃町線・田神線の総称「岐阜600V線区」。 私が初めて訪れたのは、1999年の夏のことでした。名古屋本線で新岐阜に着くと、駅前に停車していた電車に乗り、車の洪水の中を抜け、のどかな風景の中を走っていきました。
    その後2001年2月、そして2005年と何度か訪れたのですが、ついにこれら路線も命運が尽きてしまいました。そこで、名鉄岐阜600V線区で活躍していた古豪から最新鋭車まで、個性豊かな車両たちへの思い出をつづり、このアルバムを作成しました。
    このアルバムでは、2001年9月30日の運行をもって廃止となった谷汲線・揖斐線(黒野~本揖斐)のモ750も登場しています。いずれにしましても、今では思い出になってしまった、名鉄岐阜600V線区へのレクイエムです。 どうぞご覧下さい。

    お断り>
    今回のアルバムは、一部ポジプリントからスキャンしたもの、あるいは携帯電話内蔵カメラで撮影した画像も含まれています。特に1999年・2001年撮影のものはすべてポジプリントからのスキャンになります。つきましては画質にやや難があるものがあります。ご了承ください。