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2017.03.29

0851.【京成】ありがとう博物館動物園駅 営業休止記念乗車券

今でも上野のお山の地下に跡が残っている駅になります。
 
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 名称   :ありがとう博物館動物園駅 営業休止記念乗車券
 発行社局:京成電鉄
 発売日  :1997年3月--日
 値段   :1,000円
 購入箇所:京成上野駅
 シリアルNo.:1456
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かつて、京成上野~日暮里間の地下区間には駅が2か所ありました。このうちトンネル出口付近にあった寛永寺坂駅は戦後まもなく廃止されましたが、トンネル中間にあたる場所にあった博物館動物園駅はその後も営業しておりました。
しかし、この駅はホームが古い車両で4両分の長さしかなく、一方で駅施設等の老朽化が進み、利用客も減ってきたことから1997年3月31日の営業を最後に休止することとなり、このような記念乗車券が発売されました。
 
博物館動物園駅は、その駅名の通り上野動物園及び国立博物館等の下車駅でありました。駅入り口は石造りの一見重厚な感じにも見えますが、駅内部は暗く、切符売り場はプレハブ小屋のような感じで印刷発行機で発行された軟券で乗車券を発行し、改札も木製、そして薄暗い感じの地下通路やホーム壁面には動物の絵が描かれているという、ある意味独特な雰囲気があった駅でした。また停車する列車も昼間時間帯の4両編成の普通列車のみで、6両編成の場合は通過するという具合で、上野から一つ目の駅とはいえ時間帯によっては停車する列車の間隔がひらいているという状況でありました。
 
この記念乗車券は、博物館動物園駅の特徴を表した短冊型の乗車券5枚が特製のケースにセットされているものになります。
 
営業を休止して間もなく20年になる博物館動物園駅、その後2004年に正式に廃止となりましたが、今でも通過する列車からホームを確認することができるとともに、駅舎も地上への非常口をいう役割があるようで、出入り口こそ施錠された扉で塞がれていますが建物はそのまま残っています。
 
上野駅にほど近い地下空間に今もその姿をとどめている博物館動物園駅、営業休止になってからいつに間にかそれだけの年月が流れました。

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2011年11月 ありがとう!京王井の頭線3000系

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    お断り>
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