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2015.11.28

0214.【営団】半蔵門線 三越前⇔水天宮前間 開通記念乗車券・メトロカード

本日、2015年11月28日で開通から25周年を迎えました。
 
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 名称   :半蔵門線 三越前⇔水天宮前間 開通記念乗車券
 発行社局:帝都高速度交通営団
 発売日  :1990年11月28日
 値段   :350円
 購入箇所:新宿駅
 シリアルNo.:00170
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 名称   :半蔵門線 三越前⇔水天宮前間 開通記念メトロカード
 発行社局:帝都高速度交通営団
 発売日  :1990年11月28日
 値段   :1,000円
 シリアルNo.:11982
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今から25年前の1990年11月28日に開業したのは、営団地下鉄半蔵門線の三越前~水天宮前の区間になります。これらアイテムのうち記念乗車券は当日購入しましたが、メトロカードについては後年に入手したものになります。当時の営団地下鉄で発売した記念乗車券は全線往復乗車券として、営団線のどこの駅からどこの駅まで1往復乗車できる乗車券で発売されることが多くありました。
 
1990年11月28日に開業した半蔵門線の水天宮前駅、この駅名については建設時から名称の候補が複数あり決定まで紆余曲折がありました。開業前に営団地下鉄の駅の壁面に掲出されていた路線図で、ステッカーで隠されていたこの区間の駅名には「箱崎」と記載されていたのを確認したのですが、最終的には駅近くにある安産祈願の水天宮があることから、水天宮前という駅名になりました。この駅は成田空港へ向かうリムジンバスの発着所である、箱崎の東京シティエアターミナルに直結しています。

 

三越前~水天宮前開業で、この当時予定されていた半蔵門線は全線開通ということになり、しばらくは半蔵門線の終点となった駅でした。しかし、その後半蔵門線は延伸されることになり、2003年になってこの駅から押上まで延伸しさらには東武伊勢崎線との直通運転を開始、現在では東急田園都市線の中央林間から半蔵門線渋谷・押上を経由して東武伊勢崎線久喜・日光線の南栗橋まで直通運転を行う路線となりました。1990年の時点では想像つかなかった運転形態になった現在の半蔵門線であります。

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西暦1990年(平成2年)発売」カテゴリの記事

発行社局:営団・東京メトロ」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。
半蔵門線は新しい地下鉄、という印象ですが、それでもこの区間の開業からは既に四半世紀以上が経過しているのですね。
駅の名前は地域の利権や思惑にも絡んで揉めることも多そうですが、既にTCATが稼働していることを考えればそれに合わせるのが本来は一番分かりやすいのでしょうが、様々な経緯があったのかと思います。
この先、清澄白河、押上と延びていき、東武本線と直通運転することになるとは昔には想像もしませんでした。折しも、スカイツリーの開業に代表されるように、東京の東側に注目の集まりだした時代の機運もあったのでしょうか。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

風旅記様、弊ブログにお越しくださいまして、ありがとうございます。
1990年11月28日に開通した地下鉄半蔵門線の三越前~水天宮前間、早いもので開通から四半世紀以上が過ぎてしまいました。最近、10年・20年があっという間だなと思うことが多々あり、それだけの年月がいつの間にか経過してしまい、自分もその分歳を重ねてきているなと感じるところであります。
この駅名も建設時は蛎殻町と仮称されていたり、いろいろと候補があったのでしょう。自分も本文中に記しましたとおりで、TCAT直結駅となるから「箱崎」で決まりであると思っていたのですが、水天宮前と決まったことは、地元の意向があったのではと思われます。
この当時、半蔵門線はここまでが当初計画で、以降は計画線あるいは構想の段階でありましたが、あれよという間に押上まで開通し、東武伊勢崎線と直通を開始、東武伊勢崎線が地下鉄半蔵門線を経由して東急田園都市線まで直通運転を行うとはとても思いつかなった1990年当時であります。押上に高さ634mのスカイツリーが出現するとはこの当時全く思いもよらなかったことであります。
今後も、弊ブログをよろしくお願いいたします。

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2011年11月 ありがとう!京王井の頭線3000系

  • Img_9050
    2011年12月、約49年にもわたり京王井の頭線で活躍してきた3000系、レインボーカラーに彩られ井の頭線のイメージを確立したこの車両も、ついに終焉となりました。最後の編成となったのはライトブルーの3028F、この編成は1987年に入線し活躍してきました。 末期には朝のラッシュ時間帯に運よく富士見ヶ丘~渋谷の1往復の運用にしか就かなくなってしまった3000系、2011年11月には「さよなら運転」として日曜日の昼間に井の頭線全線で運転され、最後の走りを披露しました。また11月20日には富士見ヶ丘車両基地において「ありがとう3000系フェスタ」も開催され、事前申込制であったこのイベントにも参加して、最後の姿を見てきました。井の頭線沿線で生まれ育ち、それこそこの車両の活躍をみて育ったと自負する私にとって、感慨深い月になった2011年11月、3000系最後の姿をぜひ皆様にご覧いただきたいと思います。

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  • 2010101700
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惜別 名鉄岐阜600V線区

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    このアルバムでは、2001年9月30日の運行をもって廃止となった谷汲線・揖斐線(黒野~本揖斐)のモ750も登場しています。いずれにしましても、今では思い出になってしまった、名鉄岐阜600V線区へのレクイエムです。 どうぞご覧下さい。

    お断り>
    今回のアルバムは、一部ポジプリントからスキャンしたもの、あるいは携帯電話内蔵カメラで撮影した画像も含まれています。特に1999年・2001年撮影のものはすべてポジプリントからのスキャンになります。つきましては画質にやや難があるものがあります。ご了承ください。